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個人のバイオ投資家が『For Blood and Money』から学べること

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個人のバイオ投資家が『For Blood and Money』から学べること

個人のバイオ投資家が Nathan Vardi の著書『For Blood and Money: Billionaires, Biotech, and the Quest for a Blockbuster Drug』から学べる教訓について詳しくご紹介します。

この本が描くのは、単なる「成功した新薬の物語」ではありません。がん治療薬(BTK阻害薬)をめぐる “科学・資本・組織・運” が絡み合う現実を、患者・研究者・経営者・投資家の視点が交差する形で立ち上げています。

個人のバイオ投資家にとっての価値は、「次のテンバガー候補を当てる方法」よりも、なぜ勝ち筋が生まれ、なぜ負け筋が積み上がるのかを、強烈な具体例で腹落ちさせてくれる点にあります。

「科学」だけでは勝てない。勝つのは “執念×実務×資本” のチーム

本の中心にあるメッセージのひとつがこれです。薬は「最先端のイノベーション」だけで生まれません。献身的な研究者・医師・臨床現場・規制・資金・経営が噛み合って初めて患者に届く。

投資家向けに言い換えると、“良いデータが出そう” だけでは不十分で、次の問いが必要になります。

・その会社は、臨床試験を回し切る「実務力」を持っているか?
・規制当局と“チェス”ができる経験者がいるか?
・資金が尽きる前に、適切な試験設計・スピードで前進できるか?

本の中で象徴的なのが、後期試験を設計し登録へ進めた臨床開発のキーパーソンとなるラケル・イズミや、主要試験を推し進めた研究者ジョン・バードの存在です。

派手なCEOや創業ストーリーの陰で、「実際に薬を前に進める人」が誰かが、投資の当たり外れを決める、これが刺さる教訓です。

・決算資料やPRだけでなく、
・臨床開発責任者の経歴
・PI(主任研究者)や施設ネットワーク
・試験デザインの筋の良さ(患者選択、評価項目、比較設計)

上記のポイントをしっかりと抑える必要があります。

“忘れられた薬” は宝の山だが、拾える会社は限られる

本では「大企業のパイプラインに埋もれた化合物」が、安価に掘り起こされ、結果的に患者を救う例が語られます。

イムブルビカ(一般名:イブルチニブ)やカルケンス(一般名:アカラブルチニブ)が、最初から脚光を浴びたわけではなく、興味を持たれず、開発中止になり、投げ売りに近い形で移ったというストーリーは、個人投資家の視界を一段広げます。

ただし、ここで重要なのは「安く買えた=儲かる」ではない点。埋もれた薬を “薬として復活” させるには、臨床仮説の再構築、資金調達、規制戦略、実務の手綱さばきが必要で、拾っても “磨けない” 会社も多い。

「導入品」「スピンアウト」「リポジショニング」を見るとき、期待で買う前に次をチェックするようになります。

・なぜ前の持ち主は止めたのか?(安全性、競争、優先順位、商業性)
・今の会社には“止めた理由”を上書きする武器があるか?(新デザイン、新バイオマーカー、新適応)
・その武器を実行する資金と時間はあるか?

“掘り出し物” に見える案件ほど、「拾った後の実行力」がすべて、という視点が得られます。

億万長者は “悪役” にも “救世主” にもなる:資本の論理を直視せよ

本は、超富裕層やヘッジファンド、PE、ウォール街とバイオの交差点を生々しく描きます。

ここから投資家が学べるのは、単なる「金持ちが動かした」ではなく、バイオという産業が “資本の濃度” に依存して成立している現実です。例えば、会社が倒産寸前でも、個人資金の投入で延命し、最初の臨床試験に進めた。

あるいは、開発中止後に個人資産を賭けて再始動した。こうした話は、バイオ投資の本質を突きます。

・バイオは“時間がかかる”
・失敗確率が高い
・なのに試験は高額
→ だから、途中で息切れしやすい、そこで “資本の体力” が勝敗を分ける

資本家を「買い材料」だけで見なくなる。代わりに、こう考えるようになります。

・今いる資本は “最後まで付き合う資本” か?(短期で出る資本か)
・次の資金調達で会社が歪まないか?(過度な希薄化、条件の悪い資金)
・経営は資本に “使われている” のか、“使いこなしている” のか?

要は、「大口がいるから安心」ではなく、“資本の性格” を読むという投資眼が鍛えられます。

“運” を前提にした設計をしないと、バイオ投資は壊れる

本のなかで繰り返し立ち上がるのが、「運」の要素です。薬が “試験管の底の白い粉” から患者の手に届くまで、合理だけでは説明できない偶然が何度も介在する。

ここが個人投資家にとって最大の実務的教訓かもしれません。バイオは、当てにいくゲームというより、当たりが出たときに生き残っているゲームです。

・1銘柄に賭けすぎない(運の分散)
・“いつ死ぬか” を先に計算する(キャッシュランウェイと希薄化)
・データが出る前に「負け方」を決めておく(損切り・ヘッジ・ポジションサイズ)
・“奇跡が起きる銘柄” ではなく、“奇跡が起きたら最大化できる設計” にする

この本は、感動的な患者エピソードを通じて、「生と死がかかる領域で、投資は確率に従う」という矛盾を真正面から突きつけます。だからこそ、投資家のリスク設計を現実側に引き戻してくれます。

“薬を作る” のと同じくらい “薬を通す” のが難しい

バイオ投資で見落とされがちな盲点が、開発プロセスの後半戦です。

前臨床 → Phase1/2/3 → 規制当局とのやり取り → 申請 → 承認 → 商業化。

この「規制の迷路」を通れなければ、どれだけ良い薬でも患者に届きません。本の表現を借りれば、規制戦略は “精巧なチェス”。投資家にとっては、「次のデータ」だけ追うのではなく、そのデータが申請パッケージとして成立するかまで見る視点が重要になります。

・その試験は、承認に必要な比較・エンドポイント・統計設計になっているか?
・競合の動きに対して、適応や試験の手直し余地はあるか?
・“一度しかないチャンス” に賭ける設計になっていないか?(やり直し不能)

バイオの負けは「薬が効かなかった」だけでなく、“通し方を間違えた” 負けも大きい。これを体系的に意識できるようになります。

バイオ投資の “黄金時代” は、環境で作られ、環境で壊れる

本の後半では、2010年代のブームと、その後の逆風(金融引き締め、政治・規制・構造要因)にも触れています。

個人投資家が得るべき教訓は、「バイオは銘柄選択だけではない」ということです。

・金利が上がると、遠い将来の価値は圧縮される
・リスク資産から資金が抜けると、調達条件が悪化する
・すると、良い科学でも“資金の壁”で止まる

「会社が良い/悪い」と同時に、“今は資本がこの業界に優しい季節か、厳しい季節か” を判断軸に持つようになります。結果として、同じ銘柄でも、ポジションサイズやイベントの取り方が変わってきます。

この本が個人投資家に残す、いちばん大きい教訓

『For BLOOD AND MONEY』が個人のバイオ投資家に与えてくれる最大の学び・教訓は、以下です。

バイオ投資は「科学の当て物」ではなく、“人・資本・時間・規制・運” の複合ゲームである。そして、個人投資家が勝つために必要なのは、「天才的な予測」よりも、複合ゲームに耐える設計(資金・分散・タイミング・検証)です。