遺伝子治療分野で注目を集めてきたバイオ企業 Sarepta Therapeutics(SRPT)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)治療におけるリーダー企業として期待されていました。
Sarepta は現在、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)を対象とした4つの治療薬「Exondys 51(エテプリルセン)」、「Exon51スキップ療法)」、「Vyondys 53(ゴロディルセン、Exon53スキップ療法)」、「Amondys 45(カシマーセン、Exon45スキップ療法)」、「Elevidys」を米国で販売しています。
しかし、2025年に入り、同社の主力製品であるAAVベクターを用いた遺伝子治療薬「Elevidys(delandistrogene moxeparvovec-rokl)」において、複数の死亡事例が報告されたことを受け、株価は暴落しています。
この記事では、期待された遺伝子治療薬「Elevidys」の転落劇について詳しく解説します。
新薬「Elevidys」について
2023年6月にFDA承認された「Elevidys(delandistrogene moxeparvovec-rokl)」は、アデノ随伴ウイルス(AAV)をベースとした1回投与型の遺伝子導入治療法で、静脈内点滴によって投与されます。
この治療は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の根本的な遺伝的原因であるDMD遺伝子の変異や異常によるジストロフィンたんぱく質の欠如に対処することを目的としています。
「Elevidys」は、骨格筋におけるElevidysマイクロジストロフィンを標的として生成させる遺伝子(トランスジーン)を導入することで作用します。
「Elevidys」は、4歳以上のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)患者を対象とした治療薬として承認されています。
・歩行可能で、DMD遺伝子に確認された変異を有する患者
・歩行不可能で、DMD遺伝子に確認された変異を有する患者
歩行不能なDMD患者に対する適応は、骨格筋における「Elevidys」マイクロジストロフィンの発現に基づいた加速承認のもとで認可されています。この適応に対する引き続きの承認は、確認試験において臨床的有益性が検証・記述されることが条件となります。
新薬「Elevidys」のタイムライン
時期 | 内容 |
---|---|
2018年以前 | 前臨床研究開始 |
2019年 | 第1/2相試験(Embark)開始 |
2023年6月22日 | FDAが加速承認(4~5歳、歩行患者) |
2024年6月20日 | 適応拡大&正式承認(4歳以上、歩行・非歩行) |
2025年6月・7月 | 重篤な副作用報告 → FDA出荷停止および臨床試験ホールド要請 |
「Elevidys」臨床試験のフェーズ経緯
・初期研究(Preclinical)
2018年以前から動物実験により有望な結果を得ており、AAVrh74ベクターの有効性が確認されていました
・第1/2相(Phase 1/2)
2019年以降のEmbark study第1相および第2相で、微小ジストロフィンの発現や副次的な機能改善が確認されました。
Embark Part 1では12週および64週後の筋生検で持続改善が観察されており、Part 2ではNSAA(North Star Ambulatory Assessment)や10メートル歩行時間(10MWR)などで有意改善が報告されました。
・第3相(Phase 3)
EMBARKの第3相では、統計的な主要評価項目ではプラセボとの有意差を示せなかったものの、副次評価では臨床的ベネフィットが認められ、FDAが効能を認める根拠となりました。
「Elevidys」FDA 承認の流れ
・加速承認(Accelerated Approval)
2023年6月22日:FDAが最初の承認を下し、4~5歳の歩行可能なDMD(デュシェンヌ型筋ジストロフィー)患者向けに承認されました。
・適応拡大と正式承認(Traditional Approval)
2024年6月20日:FDAは歩行可能/非歩行患者すべての4歳以上に対し、加速承認および通常承認を拡大し、正式に「Elevidys」を承認しました。
・安全性の懸念とFDAの対応
2025年6月・7月:複数の肝不全による死亡例が報告され、2025年7月18日、FDA は「Elevidys」の出荷停止および関連臨床試験の一時ホールドを要請。
致命的な副作用による安全性懸念
2025年3月・6月に、非歩行型DMD患者の十代の少年2名が「Elevidys」投与後に急性肝不全で死亡し、FDAが調査に乗り出す。さらに、51歳のLGMD患者が延長治療中に死亡し、死亡例は計3件に達したことが報じられました。
FDAの輸出停止要請と臨床試験の停止
3人目の死亡事例が出たことで、FDAは、2025年7月18日に「Elevidys」の出荷停止と、LGMDプログラム等に対する臨床試験の一時停止(ホールド)を要請しました。
同時に、「Elevidys」に使われるAAVベクター技術の「プラットフォーム指定」が取り消され、安全性に関する懸念が強調されました。出資停止要請に対し、Sarepta が自主停止に応じなかったとの報道もあり、市場の不信感が一層強まりました。
財務・経営への影響
「Elevidys」は2025年の収益の中核とされていました。出荷停止の影響で売上目標やEPS予想が下方修正され、約10億ドルの長期借入金返済の圧迫材料にもなっています。
人員削減(約500名)や研究開発見直し、パイプライン再構成の実施が報じられ、市場の期待にマイナス要素が続きました。
まとめ
Sarepta Therapeutics の一連の出来事は、臨床バイオ企業にありがちな「期待された新薬のFDA承認からの転落劇」を象徴するような展開となりました。
新薬の開発には、膨大な資金や時間、そしてその薬を必要とする患者たちの存在など、さまざまな要素が絡んでおり、単に株価だけで語れるものではありません。
しかし、投機的なマネーと欲望が交錯する臨床バイオの世界では、株価の動きが投資家心理を如実に反映します。「Elevidys」はFDA承認前後に大きな注目を集め、市場はその期待を株価に織り込むかたちで上昇しましたが、承認が現実のものとなると「出尽くし感」から売りが優勢となり、株価は下落に転じました。
さらに追い打ちをかけたのが、2025年3月に報じられた重大な副作用のニュースです。非歩行型DMDの10代の患者2名が「Elevidys」投与後に急性肝不全で死亡したと報じられたことで、安全性への疑念が一気に高まり、株価は大きく崩れる結果となりました。
今回の件は、遺伝子治療や細胞治療といった先進医療のリスクを改めて浮き彫りにしました。特にAAVベクターを用いた遺伝子治療は、まだ長期的な安全性データが十分に蓄積されておらず、肝毒性など予期しない副作用の報告が相次いでいます。
Sarepta の「Elevidys」も、まさにこのカテゴリに当てはまるケースです。