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スピンアウト資産の買収が進む、臨床バイオ企業の近況

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スピンアウト資産の買収が進む、臨床バイオ企業の近況

2025年9月だけで、上場バイオ3社が相次いで大手製薬に買収されました。いずれの案件も中核にあるのは、大手が抱えていた資産を切り出し・譲り受けて再開発した「スピンアウト型」アセット――この “棚卸し資産の磨き直し” が、買収の主役に躍り出ています。

Tourmaline Bio の IL-6中和抗体「TOUR006/pacibekitug」

【TRML】Tourmaline Bio カタリストとロードマップ

2025年9月9日、Novartis は Tourmaline Bio(TRML)を買収すると発表。中核資産は IL-6 中和抗体「pacibekitug(TOUR006)」で、動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の治療選択肢として開発が進められています。

買収発表では、CKD 高リスク集団で hs-CRP を強力に低下させた第2相(Tranquility)の結果や、四半期投与(q12w)など間隔を空けた投与設計の可能性が強調されています。

「pacibekitug(TOUR006)」は、もともと Pfizer の抗 IL-6 抗体プログラムで、2022年に Tourmaline がライセンス取得して再開発に着手しました。

「Pfizer 由来アセットをスピンアウト・ライセンスで受け継いだ典型例」として扱われ、SEC 提出資料にも “Pfizer License Agreement” の記載がある旨が整理されています。

本件は、大手(Pfizer)起源の抗体資産を、専業(Tourmaline)が “炎症ドリブン心血管” という明確な仮説で洗練→その検証データ(hs-CRP の強力な抑制と低頻度投与の示唆)をテコに、大手(Novartis)へ再統合された定番の価値創出パターンといえます。

ポイント : スピンアウト・ライセンス → バイオでの価値増幅 → 大手 M&Aの連鎖は、カーディオメタボ×炎症で近年増加。非希薄資本での前臨床・PoC 推進+大手へのブリッジが機能している事例です。

89bio の「pegozafermin」

【ETNB】89bio のカタリストとロードマップ

2025年9月、ロシュは 89bio (ETNB) を最大約35億ドル(クロージング時 $14.50/株=約24億ドル+達成時支払い 最大$6/株 のCVR)で買収することで合意しました。

主眼は、脂肪肝疾患(MASH/旧NASH)など代謝性肝疾患を狙う長時間作用型 FGF21 製剤「pegozafermin」(旧開発名:BIO89-100)です。

この「pegozafermin」は、2018年4月に Teva および子会社 Ratiopharm からの資産移転+ライセンス契約により 89bio に移管されたプログラムで、グリコPEG化された FGF21 アナログとして設計されています。

臨床は、ENLIGHTEN-Fibrosis(非肝硬変MASH)と ENLIGHTEN-Cirrhosis(代償性肝硬変MASH)の Ph3 がそれぞれ2024年3月、2024年5月に開始。肝組織学的改善、肝脂肪低下、広範な代謝指標の改善などが開発の論点です。

ポイント : “大手の棚卸し資産 → 新会社が磨き直し → メガファーマが取り込む” というスピンアウト文脈に合致。Teva 系からの資産移転で始まった FGF21 アセットを、89bio が後期開発まで磨き上げ、CRM(心腎代謝)領域を強化したいロシュの買収に至った──という流れです。(補足:ロシュは肥満・代謝領域での布陣を強化中で、今回の 89bio もその延長線上のディールです。)

Metsera のケースは外部からの技術導入

【MTSR】Metsera カタリストとロードマップ

2025年9月22日、Pfizer は Metsera (MTSR) を $47.50/株の現金(EV 約$49億)で買収することで合意し、将来マイルストン連動の最大 $22.50/株(CVR)も付与され得ると報じられました(総額上限は約$73億相当)。

この買収は規制・株主承認待ちで、肥満領域への再参入(自社プログラム整理後)を加速する位置づけです。

Metsera のケースはスピンアウトではないものの、外部導入でパイプラインを組み上げるモデルを採用しています。具体的には 2023年に韓国 D&D Pharmatech とライセンス&共同開発契約を締結(同年5月に修正、さらに2024年3月15日付で第二次改訂・再締結)。

SEC書類には「2023年のD&Dとの契約に関連する費用」が明記されており、経口/注射インクレチン等の一部資産を導入して開発を加速してきました。

ポイント : Metsera は「自社創製+外部ライセンスの巧みな組み合わせ」で肥満資産群を短期で臨床段階に押し上げ、上場から約8か月で Pfizer の大型買収に結びつけた好例です。

スピンアウト起点ではありませんが、「社外からの技術導入→磨き上げ→大手に取り込まれる」という近年の肥満/心腎代謝ディールの王道構図です、

Boston Pharmaceuticals の「BOS-580」

GSK が非常上バイオ企業 Boston の「efimosfermin」を買収した理由とは?

未上場の Boston Pharmaceuticals が開発していた FGF21 アナログ「BOS-580」(のちの GSK名:efimosfermin alfa)は、2020年に Novartis から Boston Pharmaceuticals がグローバル権利をライセンスして取得した資産です。

2025年はまず5月14日に GSK が本資産の取得合意を発表し、7月7日に買収完了(総額最大 $2B:前払 $1.2B+成功報酬最大 $0.8B)。月1回皮下投与の Ph3 準備完了アセットとして、MASH/SLD などでの後期開発入りが見込まれています。

ポイント: 「大手(Novartis)→ 開発会社(Boston Pharma:ライセンス)→ 別の大手(GSK)へエグジット」という資産循環の好例。

大手の棚卸し資産を専業が磨き、中期データ(AASLD/DDWでの有効性シグナル)を足場に、メガファーマが後期開発・商業化を引き継ぐ流れを体現しています。

なぜ「スピンアウト型」が多いのか?

大手の棚卸し資産(戦略外・優先度低)でも、専業が適応再設計・用量/用法の最適化・差別化エンドポイントで “再発掘” できる余地が大きいから。

加えて心代謝は被験者規模が大きく、既存標準治療も強力で統計的にシビアな領域。既知メカ(IL-6/FGF21/インクレチン連関など)で、非臨床~初期ヒトのデータが残る「元・大手資産」は、ゼロから立ち上げるよりリスクを相対的に下げられる。

・データ/CMCの“下地”がある
GLP毒性、初期PK/PD、製法スケールの足がかりが残り、PoC到達までの時間・資金・実験リスクを圧縮できる。

・専業の俊敏性
適応の絞り込み、バイオマーカー設計、アダプティブ化などを素早く反映。KOL・治験施設ネットワークに集中投下もしやすい。

・差別化設計の自由度
投与間隔(週1→隔週/毎月)、剤形(注射→経口/長期製剤)、併用(GLP-1+FGF21等)で価値仮説を再定義しやすい。

・IPの再強化
製剤改良・新規塩/結晶多形・組み合わせ特許・デジタル併用等で特許寿命/独占領域を延伸し、買い手の経済性を高められる。

・資本効率とバリュエーションの裁定
大手内で埋もれていた資産を低コストで取得し、人での明確なシグナル(脂肪量・肝組織・心腎代謝指標など)で再評価を獲得。

・出口設計が容易
心代謝は製造・薬事・上市後運用が“装置産業”。後期のスケールアップ/市場浸透はメガファーマ優位のため、PoC→後期直前/直後のM&Aに接続しやすい。

・マーケット/償還の読みやすさ
GLP-1以降の追い風でペイヤー/規制の論点が具体化。既知クラスはクラスリスクや安全性の輪郭が見え、開発計画を描きやすい。

一方で、差別化が乏しい場合やクラス特有の安全性/CMCスケールの不確実性が大きい場合は、スピンアウトでも成功確率は低下する。したがって、「既存クラスの中で何をどう変えると臨床アウトカム/ペイヤー価値が跳ねるか」の仮説精度が鍵。

実際の買収例では、TRML(Pfizer由来IL-6抗体→Tourmalineで再設計→Novartisにエグジット)、ETNB(Teva系資産→89bioで後期へ→Rocheにエグジット)、Boston(Novartis資産→Bostonで磨き上げ→GSKが取得)は、いずれも「大手→専業で価値再構築→大手に還流」という循環モデルです。