バイオ企業の歴史を振り返ると、合併という選択が大きな分岐点になるケースが数多く見られます。
ある企業は、合併を通じてパイプラインや研究開発の資産を集約し、経営資源を重点的に投入することで新薬開発を成功させ、市場で大きな成長を遂げました。代表例としては、戦略的に有望な候補薬に集中して承認を勝ち取り、メガバイオ企業へと飛躍したケースがあります。
一方で、合併が必ずしも成功につながるわけではありません。研究開発資産の統合がうまく進まず、主力候補薬が臨床試験で失敗したり、市場性が乏しく商業化に失敗したりする企業も少なくありません。
その結果、株主価値の大幅な毀損や倒産、他社への吸収といった結末を迎える事例も多く存在します。
つまり、バイオ企業における合併は「資産を集中させて飛躍するチャンス」であると同時に、「誤った判断で事業存続すら危うくするリスク」をも内包しているのです。
近年の成功例、Madrigal Pharmaceuticals(MDGL)と Lenz Therapeutics(LENZ)
まず MDGL は、2016年にがん領域で失敗した Synta Pharmaceuticals と合併することで誕生しました。
当時は「空箱化したバイオ企業の殻を利用した再建」と見られていましたが、合併後にNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)治療薬候補「Resmetirom」に研究開発のリソースを集中させます。
その結果、主要臨床試験を成功させ、2023年にはFDA諮問委員会で全会一致の支持を獲得、2024年に正式承認を果たしました。今ではNASH (現MASH) 市場の本命候補として、バイオ投資家の間でも「合併をきっかけに奇跡的な復活を遂げた企業」として語られる存在となっています。
一方の LENZ は、2024年に遺伝子治療で頓挫していた Graphite Bio と逆合併を行い、NASDAQ 上場を維持しつつ新たに眼科領域へと舵を切りました。
LENZ は調節力回復を狙う画期的な点眼薬の開発に集中しており、資本市場からの大規模な資金調達にも成功。合併によって「過去の失敗資産を切り捨て、新しい成長ストーリーへ移行する」ことに成功した好例といえます。
このように、MDGL と LENZ の事例は、合併が単なる延命策ではなく、集中と選択による戦略転換を実現する手段となり得ることを示しています。バイオ企業にとって合併はリスクを伴うものの、明確なビジョンと開発資産の見極めがあれば、企業価値を大きく飛躍させる契機になり得るのです。
合併して成功したバイオ企業と失敗したバイオ企業
企業名 (ティッカー) | 合併の背景 | 成功ポイント | 最終成果 |
---|---|---|---|
Madrigal (MDGL) | Syntaとの合併 (2016) | NASH薬 Resmetirom に集中 | 2024年FDA承認 |
Lenz (LENZ) | Graphite Bioと逆合併 (2024) | 眼科薬に集中 | NASDAQ維持+成長 |
Jazz (JAZZ) | Azur Pharmaと合併 | Xyremで収益基盤確立 | スペシャリティ製薬に成長 |
Horizon (HZNP) | Paramount系合併 | 希少疾患薬に集中 | Amgenに280億ドルで買収 |
Ionis (IONS) | Isis + Northern Lipids | RNAアンチセンス技術 | RNA医薬の先駆け |
Intercept (ICPT) | 逆合併で上場 | 胆汁酸経路薬 Ocaliva | 一時バイオの主役銘柄 |
Adaptimmune (ADAP) | 合併でNASDAQ上場 | TCR-T療法、GSK提携 | 細胞療法パイオニア |
Allogene (ALLO) | SPAC的枠を利用 | off-the-shelf CAR-T | 巨額資金調達成功 |
Arbutus (ABUS) | Tekmira + OnCore | RNAi+HBV治療 | 大手提携を実現 |
Axsome (AXSM) | 小規模統合 | CNS薬 Auvelity 承認 | 黒字化達成 |
Biohaven (BHVN) | 吸収合併で拡大 | Nurtec 大ヒット | Pfizerが119億ドルで買収 |
Seagen (SGEN) | 抗体技術を吸収合併で強化 | ADC分野を確立 | Pfizerが430億ドルで買収 |
Pharmacyclics (PCYC) | 複数合併で生存 | BTK阻害薬 Imbruvica | AbbVieが210億ドルで買収 |
Alexion (ALXN) | 希少疾患系買収を重ね成長 | Soliris大成功 | AstraZenecaが390億ドルで買収 |
Celgene (CELG) | 合併で血液腫瘍領域拡張 | Revlimid大ヒット | BMSが740億ドルで買収 |
Myovant (MYOV) | Roivant傘下合併で上場 | 婦人科・前立腺薬承認 | Sumitomoが完全買収 |
Vertex Pharma (VRTX) | 初期に小型企業を複数吸収しパイプライン拡充 | CFTRモジュレーターに集中 | 今や時価総額1000億ドル超のメガバイオ |
Regeneron (REGN) | 1990年代に研究会社を統合 | 抗体技術基盤を強化 | Eylea, Dupixent大成功 → 大手級に成長 |
Exelixis (EXEL) | 2000年代に小型買収を繰り返し資産確保 | Cabometyx (腎がん薬) 承認 | 商業成功で独立維持 |
Incyte (INCY) | 小型合併と提携を経て存続 | JAK阻害薬 Jakafi 承認 | 年間売上30億ドル超、独立維持 |
Nektar Therapeutics (NKTR) | 複数合併で存続 | PEG化技術が広く導入 | パートナーシップ多数、商業基盤確立 |
Amylin (AMLN) | 合併を通じて糖尿病薬を育成 | Byetta, Bydureon承認 | 2012年にBMS/AZが買収(71億ドル) |
Pharmasset (VRUS) | 小型合併でHCV薬パイプラインを強化 | Sofosbuvir 開発 | 2011年にGileadが110億ドルで買収、世界的ヒット薬へ |
Immunex (IMNX) | 小規模合併を繰り返し再建 | Enbrel大ヒット | 2002年Amgenが160億ドルで買収 |
Medivation (MDVN) | 2000年代初期に合併で再編 | Xtandi (前立腺がん薬) 承認 | 2016年Pfizerが140億ドルで買収 |
合併して失敗したバイオ企業
企業名 (旧ティッカー) | 合併の背景 | 問題点 | 最終結果 |
---|---|---|---|
Synergy Pharma (SGYP) | 2013年にCallistoと合併 | 便秘症薬Trulanceの販売が低迷、資金難 | 2019年破産、資産はBauschへ |
Stemline (STML) | 小型バイオ統合で上場維持 | 承認薬Elzonrisの売上不振 | 2020年にMenariniが買収(規模縮小) |
Oncothyreon (ONTY → Cascadian) | 2009年にXenovaと統合 | がんワクチンStimuvax失敗 | 2018年Seattle Geneticsが買収、独自ブランド消滅 |
Verastem (VSTM) | 2012年に合併でNASDAQ上場 | FAK阻害薬が失敗、度重なる方向転換 | 株価低迷、複数リストラを経て縮小 |
Eleven Biotherapeutics (EBIO → Sesen Bio) | 2015年に合併で再建狙い | 眼科薬失敗後、がん領域も結果出ず | 2022年Carismaと逆合併、EBIO自体は消滅 |
Puma Biotechnology (PBYI) | 2011年に合併でNASDAQ上場 | 乳がん薬Nerlynx承認も副作用強く販売不振 | 株価急落、事業縮小で独立性は維持 |
Ocera Therapeutics (OCRX) | 2006年に与薬系スタートアップと統合 | 肝性脳症薬が失敗 | 2017年Madrigalに吸収され消滅 |
Aduro Biotech (ADRO) | 2015年に合併で免疫療法強化 | 免疫療法パイプライン失敗 | 2020年Chinookと逆合併、ADROブランド消滅 |
CytRx (CYTR) | 小規模オンコロジー企業を吸収して延命 | アルドキサルビシンが失敗、臨床資金枯渇 | 2019年にLadRxへ社名変更後、実質的に活動停止 |
Delcath Systems (DCTH) | 2010年代に統合を繰り返しNASDAQ維持 | 肝臓局所化学療法が承認取れず | たび重なるリバーススプリット、株主価値大幅毀損 |
Aveo Oncology (AVEO) | 複数小型合併を経て再建 | 腎細胞がん薬TivozanibがFDAで却下→再申請に遅れ | 2022年にLG Chemに買収、独自路線消滅 |
Synta Pharmaceuticals (SNTA) | 複数合併で延命 | Hsp90阻害薬失敗 | 2016年にMadrigal (MDGL) と合併 → Syntaブランド消滅(ただし結果的にMDGLは成功例) |
KaloBios (KBIO) | 2013年に統合で上場維持 | パイプライン失敗、経営混乱 | 2015年にMartin Shkreli関与 → 上場廃止寸前、2016年Humanigenに再編 |
Zafgen (ZFGN) | 2019年にChondrial Therapeuticsと合併 | 肥満薬失敗、遺伝子治療も進展乏しい | 2020年にLarimar Therapeutics (LRMR) へブランド転換(現存するが方向転換企業) |
Aegerion (AEGR) | 2016年にQlt Inc. と合併しNovelion設立 | 脂質異常症薬が商業的に不振、債務過多 | 2019年に破産、資産はAmrytに吸収 |
Threshold Pharma (THLD) | 2017年にMolecular Templates (MTEM) と合併 | がん治療候補失敗 | THLDブランド消滅、残ったMTEMも資金難に |