Zoomy

ケネス・ロゴフ氏、ドルは常に存在し続けるが、その役割は縮小していく

【記事には広告を含む場合があります】

ケネス・ロゴフ氏、ドルは常に存在し続けるが、その役割は縮小していく

ハーバード大学の著名な経済学教授であり、元IMFチーフエコノミストであるケネス・ロゴフ氏は、プラハ・ファイナンス・インスティテュートが主催する PFI talks に招かれ、自身の新書『Our Dollar, Your Problem: An Insider’s View of Seven Turbulent Decades of Global Finance, and the Road Ahead』を中心に、世界の基軸通貨としてのドルの歴史、現状、そして今後の行方について多角的な視点から語っています。

ドル以外が基軸通貨を目指した歴史的事例

ロゴフ氏はまず、歴史を振り返り、過去にドル以外の通貨が基軸通貨を目指した事例に触れています。例えば、旧ソ連圏では「コンバーチブル・ルーブル」(兌換ルーブル)が支配的な通貨になる可能性が議論された時期があったといいます。

ポール・サミュエルソンのような著名な経済学者も、かつてはソ連経済がアメリカ経済に追いつき、ルーブルが世界経済で大きな影響力を持つだろうと予測していました。しかし、実際にはソ連経済は「張りぼて」であることが明らかになり、ルーブルが基軸通貨になることはありませんでした。

また、1980年代半ばには、日本の経済力が拡大する中で、アメリカが日本に円高を要求したプラザ合意があり、これはアメリカの「円安を利用しすぎだ、もっと円高にすべきだ」という圧力の結果でした。

日本はこれに応じて円高を実現しましたが、ロゴフ氏はこの出来事がその後の日本経済の課題につながった可能性についても言及しています。

現在のドルが置かれた状況

これらの歴史的な事例を踏まえつつ、ロゴフ氏は現在のドルが置かれた状況について論じています。彼は、ドルのグローバルな影響力は「10年ほど前にピークを迎えた」と見ており、現在はその影響力が徐々に縮小していく段階にあると考えています。

この見方の背景にはいくつかの要因があります。

1. 世界の他の国々がドル覇権を好ましく思っていない

第一に、世界の他の国々がドル覇権を好ましく思っていないという点です。特にヨーロッパ諸国にとって、ロシアのウクライナ侵攻後に通貨準備が制裁の手段として「武器化」されたことは、ドル支配の現実を強く意識させる出来事となりました。

多くの国がアメリカの金融システムを通じて取引する際に、アメリカに情報を把握されることや、意に沿わない制裁に従わされることへの不満を抱いています。

ロゴフ氏が自身の本のタイトルに採用した『Our Dollar, Your Problem(私たちのドル、あなたたちの問題)』という言葉は、かつてニクソン政権下の財務長官ジョン・コナリーがヨーロッパ諸国に言い放ったものであり、アメリカのドルに対する「傲慢さ」をよく表していると氏は指摘しています。

2. アメリカ国内の様々な問題がドルの影響力低下の原因となる

第二に、アメリカ国内の様々な問題がドルの影響力低下の原因となると見ています。これには、連邦準備制度 (FED) への圧力、保護主義、そして「法の支配への圧力」などが含まれます。

特に、トランプ大統領のような政策、すなわち関税を増やし、資金の流入・流出を難しくするような政策は、「必ずドルの影響力を縮小させる」とロゴフ氏は断言しています。

こうした保護主義的な政策は、製造業を国内に取り戻そうとする意図があるようですが、氏は「もっと閉鎖的な経済になっても豊かさを維持できる、という考えは全くのナンセンスです」と強く批判しています。

3. ドルの優位性が縮小する

第三に、ドルの優位性が縮小することは、「アメリカのアドバンテージが大きく失われていくこと」を意味するとロゴフ氏は指摘します。これまでアメリカは基軸通貨国であることによって、国債を大量に発行しても金利が低く抑えられるといったメリットを享受してきました。

また、圧倒的な基軸通貨と軍事力を持つことで、IMFのルールやSWIFTの仕組みなど、グローバルな「ゲームのルールそのものに影響力を持てる」という大きな力を持っていました。

これは単なる経済規模だけでは得られない利点でした。しかし、ドルの需要が減れば金利は上昇し、コントロール力も低下します。

ドルの存在感が確実に薄れていく

ロゴフ氏は、ドルの支配は突然終わるわけではないとしながらも、その存在感が確実に薄れていくと考え、他の仕組みが力を持つ可能性があると述べています。有力な候補としては、中国の人民元 や、地政学的な力を持てばユーロも影響力を増す可能性に触れています。

また、規制当局の手が及びにくい「地下経済においては暗号資産が競争力を持つ」可能性も指摘しています。

今後、ずっと不安定な時代になる

さらにロゴフ氏は、今後、「ずっと不安定な時代になる」可能性についても言及しています。その理由の一つとして、これまで25年ほど多くの国で当然とされてきた「中央銀行の独立性」が「もはやナンセンス」な前提となりつつあり、大きく揺らいでいることを挙げています。

このようなドル覇権のピークアウトや世界経済の不安定化という見通しは、「投資家への示唆」として非常に重要です。ロゴフ氏は、今や投資家の間でも「伝統的な60/40(株式/債券)ポートフォリオがうまく機能しなくなっているという考え方が広がっている」状況に触れています。

債券が株価の下落を十分にカバーしてくれない現状があるのです。

ロゴフ氏は、分散投資を強調している

ロゴフ氏は、私たちは投資家としても新しい時代に直面している可能性があり、「私は昔から国際分散投資は有効だと考えてきました」と自身の見解を述べています。

今年のダボス会議でも「アメリカだけに投資すべきだ」という意見が強調されたことに触れつつも、「私はそうではないと考えています」と明確に否定しています。ロゴフ氏は、自身の見通しが予想以上に早く現実になっている可能性にも言及しており、分散投資の意義をさらに強調しています。

ロゴフ氏は、多くの経済学者や金融アナリストが短期的なトレンドを未来まで続くものと見誤りがちであると警告し、「もっと長い歴史のスパンで物事を見るべきだ」と主張しています。

アメリカがドルの優位性を享受してきたことには、実力だけでなく多くの「」も関係しており、その運が尽きつつあるかもしれないという「警告」を込めて本書を執筆したと述べています。

結論

結論として、ロゴフ氏の議論は、変動が予想される世界経済、特にドル覇権の縮小とそれに伴うアメリカのアドバンテージ低下のリスクを踏まえると、特定の国や通貨への集中投資は危険性を増しており、リスクを分散し、潜在的な不確実性に対応するために、国際分散投資が有効かつこれまで以上に重要になるという強いメッセージを投資家に向けて発していると言えるでしょう。

アメリカが持つ多くの強みを自ら台無しにする可能性もある現状において、単一国への集中は賢明な戦略ではない、というのがロゴフ氏の一貫した考え方です。