近年のバイオテック投資環境では、大きな構造変化が起きています。かつて資金調達を支えていたクロスオーバー投資家(上場前後に投資するファンド)が市場から撤退し、その空白を製薬会社系コーポレートVC(Corporate VCs)が埋め始めています。
そして今、彼らは単に少額を出資するだけではありません。むしろラウンドをリードし、臨床試験のエンドポイント設計にまで影響を与え、最終的な M&Aへの道筋をあらかじめ仕込む存在になりつつあります。
資金調達の「オーディエンス」が変わった
スタートアップが資金を求める際に、もはや売るべきは「プラットフォームの可能性」ではありません。
投資家、特に大手製薬のVCが求めているのは、自社の2028年以降の特許切れ(LoE: Loss of Exclusivity)を補うパイプラインギャップを埋める “即戦力” です。
今日ファンド可能とされる条件は、
・「可能性」や「革新性」ではなく、
・早期にヒトデータが出せる確度、
・そして最終的に買収可能(acquirable)な資産であることです。
このシフトが、バイオテック投資の基準を大きく変えています。
2025年上半期(1H25)— 最も活発なバイオ投資家ランキング
「ディール数ベース」
・Lilly — 14件(Series A 主導10件)
・Novo Holdings — 14件
・Sanofi — 13件
・RA Capital — 13件 (数少ない独立系バイオファンド)
・Pfizer — 10件
・Bayer — 10件
・Novartis — 9件
・Johnson & Johnson — 8件
・Boehringer Ingelheim — 8件
・Orbimed — 8件 (バイオファンド)
・ARCH Venture Partners — 8件 (バイオファンド)
・Forbion — 8件 (バイオファンド)
このリストを見れば一目瞭然。上位を占めているのはほとんどが製薬会社大手やそのコーポレートVCであり、従来の独立系バイオ投資ファンドは RA Capital や OrbiMed、ARCH、Forbion など限られた存在となっています。
なぜ大手製薬会社(CVC)が初期投資まで支配するようになったか?
1. 新薬創出の 生産性低下
研究費は年々増えているのに、FDA承認新薬の数は横ばい。製薬大手は「自社研究だけでは新薬を十分に生み出せない」状況に直面している。そのため外部バイオからのシーズ導入(外部R&D)が必須に。中国からのライセンスも増えている。
2. M&A 価格の高騰
バイオ企業が IPO や後期臨床で高いバリュエーションを付けるため、M&Aのコストが跳ね上がった。そこで製薬大手はもっと早い段階(Preclinical / Phase 1)で関与しておきたいと考え、CVCを通じて「安くシートを確保」する動きに。
3. CVCの戦略化
2000年代までは製薬のCVCは「財務リターン目的」だった。2010年代以降は「戦略投資部隊」として強化され、研究本部と直結。投資先バイオを将来の買収ターゲットや共同開発候補と位置付けるように進化。
4. 独立系ファンドの制約
RA Capital や OrbiMed など独立系は、LP(年金・大学基金など)からの資金で動くため、どうしても 財務リターン重視。しかし臨床失敗が増える中で、「出口(M&A/IPO)」が読めないシーズには出資しにくい。
一方、CVCは自社パイプライン補強が目的なので、純粋なリターン効率を気にせず投資できる。
5. バイオ市場の低迷(2021以降)
IPO市場が冷え込み、クロスオーバー投資家や一般VCが撤退。資金を出せるプレーヤーが製薬CVCと一部の大手独立系に絞られた。結果として、2023–25年は CVC が Series A をリードする例が急増。
以上のように、製薬会社は「早期に関与 → 将来の買収コストを下げる」という戦略。独立系ファンドは「財務的リターンを出しにくくなった」ことで相対的に後退。
IPO低迷で資金環境が悪化したため、大手CVCが資金供給の最後の砦になっているという背景です。
まとめ:次の資金調達は「誰に売るか」で決まる
バイオスタートアップにとって、いま最も重要な問いは「自社の技術が誰のP&L(損益計算書)に貢献するのか」です。
クロスオーバー資金が消えた今、ゲームのルールは変わりました。企業は「プラットフォームの未来」ではなく「短期で自社に取り込める資産」を買いに来ています。
資金調達=買収戦略の前哨戦。これが2025年のバイオテック投資のリアルです。