今回は失敗した臨床バイオ企業の出口戦略について、Elevation Oncology (エレベーション・オンコロジー / ELEV) のケースを例にご紹介します。
2025年6月9日、Elevation Oncology が Concentra Biosciences (コンセントラ・バイオサイエンシズ) に1株当たり0.36ドルの現金と偶発対価の権利で買収される契約を締結しました。
株主は即時に1株あたり$0.36の現金を受け取り(全体で約$23M)、CVRにより、以下の追加支払いの可能性あります。
– 現金残高が$26.4Mを超えた場合、その超過分100%を株主に分配
– EO-1022(HER3 ADC資産)が今後1年以内に売却された場合、その80%を株主に分配
が買収された背景には、主力プログラム「EO-3021」が失敗(2024年)、R&D縮小、従業員70%レイオフ、現金比率が高い状態での買収対象化、株価は現金価値を下回る水準にまで低迷などによるものです。
Concentra はバイオ資産ではなく「残った現金とEO-1022」を主目的に買収しました。Concentra を支援する Tang Capital は過去にも同様の構造的バリュー再生型買収を行っており、典型的なキャッシュ+CVRの清算型M&A案件と言えます。
Elevation Oncology とは?
2024年、Elevation Oncology は主力候補だったパイプライン「EO-3021」が治験失敗し、事業の大部分を縮小。従業員の7割を解雇し、株価は現金保有額を下回る水準まで急落しました。
株価(買収前): 約$0.30
時価総額 : 約$20M
現金残高(Q1 2025): 約$80.7M
債務返済後の正味現金(見込み): $30–35M
企業価値(EV): マイナス$10M前後
なぜ「マイナス企業価値」になるのか?
企業価値とは = 時価総額 + 借金 – 現金 という式から算出されます。
Elevation の場合、現金を多く持ちながらも株価が大きく下がったことで、「株式価値 + 借金 < 現金」となり、理論上企業の価値がマイナスと算出されました。
ハイエナ Tang のアービトラージ
Elevation Oncology を買収した Concentra Biosciences は、Tang Capital の支援を受けて設立された企業です。そして、この Tang(代表ケビン・タン氏)は、「失敗したバイオ企業を買収して現金や資産を活用する戦略」で非常に知られた存在です。
Tang Capital とは?
Kevin Tang (ケビン・タン) 率いる投資会社で、ディストレスト・バイオ(業績不振・資金難のバイオ企業)をターゲットに買収する投資スタイルで有名です。
Tang は過去に複数の「清算的M&A」や、「CVR付きのバリュー回収型ディール」を主導してきました。Elevation Oncology を買収する前にも、他の業績不振に陥ったバイオ企業を買収しようとして、ポイズンピルを発動されて買収を阻止されていました。
Tang の代表的なバイオ買収例
企業名 | 概要 | 買収方法 |
---|---|---|
Heron Therapeutics (HRTX) | 売上不振の疼痛治療薬バイオ | Tangが資本介入&再建 |
La Jolla Pharma | プロダクト不振 → 買収・清算 | CVR付き回収型買収 |
Elevation Oncology (ELEV) | EO-3021失敗後に買収 | Concentra 名義で買収、CVR設計あり |
Tang のハイエナ戦略としては、研究開発に失敗したバイオ企業は、資金を燃やし尽くす前に買収することで価値を「救出」できること。清算よりも速やかな Exit が可能で、買収企業は現金と特定資産(例:ADC)を取得できる。
株主は損失を抑えつつ、CVRを通じて追加のリターンを狙えるなどです。Tang は過去にもバイオ企業の清算型買収を多数手がけており、「キャッシュと資産を引き取る構造」に長けた投資家です。
今回の Elevation 買収も、彼らの「負のEVから価値を引き出す定型手法」の一例といえます。
教訓:マイナス企業価値は「価値ゼロ」ではない
このように、ハイエナ Tang のような回収屋の動きを見越して、以下のような条件が揃うケースでは「買収されやすい状態」に分類されます。
– キャッシュが潤沢に残っている
– 裁量のある負債が解消されている
– R&Dの停止によりコスト構造が軽くなっている
– 株主構成(Cap Table)が整理されている
注意点としては、バイオ企業によっては、このような回収屋の動きを察知してポイズンピルを発動する企業もあることです。現在のバイオセクターでは、「小さな現金買収 + CVR + 即時清算型Exit」のような構図が増えています。
これは失敗しても「資産を守った企業」は、買い手が付きやすいということを示唆しています。