この記事では、2015年〜2025年まで過去10年間のバイオテクノロジー業界で起きた取引の歴史を振り返ります。この10年を振り返ることで、現在バイオテックで起こっていること、これからの傾向やトレンドなどを占うことができるでしょう。
2015年〜2025年までバイオテクノロジー業界の取引の歴史
まずはざっくりおと、2015年〜2025年までバイオテクノロジー業界の取引の歴史を眺めてみましょう。
2015: 🧼 バブルの頂点 — 高い企業価値、熱狂的なIPO
2016: 📉 調整期 — IPOの窓が閉ざされ、M&Aが鈍化
2017: 🧬 免疫腫瘍学と希少疾患が取引の主要テーマ
2018: 🏗️ メガM&A時代 — セルジェン→ジュノ、インパクト;タケダ→シャイア
2019: 🤝 クロスオーバー主導の資金調達ブーム — 公的・民間資金の境界が曖昧化
2020: 🦠 COVID-19バイオテックブーム — mRNAが台頭、メガバリュエーション
2021: 🚀 IPO爆発 — 上場件数記録更新
2022: 🧨 IPO不況、しかしSPAC急増 — 一時的な回避策
2023: 💥 SPAC崩壊、市場は持続可能性へシフト
2024: 💰 PIPEsが主導 — 生存や戦略的ポジションのための割引ファイナンス
2025: 🎯 CVRsの復活? — 不確実な時代におけるM&Aのためのリスク共有構造
2015年:バイオバブルの頂点
FRBが2008年リーマンショック以降続けてきた大規模な金融緩和政策 (ゼロ金利政策とQE) の影響で、リスク資産(特にハイベータなバイオ株)に資金が流入。
2015年前後、中国の政府系ファンドや個人投資家が米国のバイオ企業に出資。Alzheimer や肝疾患関連が好まれる傾向。ナスダック・バイオテック指数(NBI)は、2011〜2015年で3倍以上に上昇。2015年夏には史上最高値に。
・免疫チェックポイント阻害剤(I/O)革命
2014年末に Keytruda(MSD)が承認された直後で、PD-1/PD-L1 市場が本格始動。大手(BMS、MSD、Roche)がこぞってバイオ企業のI/Oパートナーを探す。
新興企業にも巨額評価、例えば Adaptimmune(TCR療法)や Jounce Therapeutics(I/O特化)は大きな注目を集める。
・希少疾患ブーム
Spark Therapeutics(遺伝子治療)、Ultragenyx、Sarepta など。FDAが「優先審査」「オーファンドラッグ指定」を活用し承認を加速。
・IPOブーム
年間70社超のIPOは、過去最多レベル(例:2014年=66社、2015年=74社)。評価額、臨床前段階でも時価総額10億ドル超の例あり。
代表的な上場企業
– Blueprint Medicines(BPMC):がんの精密医療。臨床初期ながら約1億ドルの調達。
– Spark Therapeutics(ONCE):視覚疾患の遺伝子治療。後に2019年にRocheが$43億で買収。
– Adaptimmune:免疫TCR技術。I/O熱に乗る形で評価急騰。
・M&A・提携事例
Alexion → Synageva($84億)、リピドーシス治療薬「Kanuma」が主力。極めて高額な評価。アレクシオンの「希少疾患ポートフォリオ強化」が背景。
Merck → Cubist(抗生物質)、2014年末だが余波が2015年まで影響。多くの提携がバイオ企業間でも活発化:特にI/Oパートナーシップ(例:Incyte, Nektar など)
2016年:バブル崩壊、IPO激減
ヒラリー・クリントンの「薬価批判ツイート」(2015年9月)→ マーティン・シュクレリによる薬価吊り上げ事件が炎上し、クリントンが「薬価抑制」に言及。これが市場センチメントに致命的な打撃を与える。
大統領選イヤーという、政策不透明感からリスクオフが進む。バイオは薬価・規制強化の最前線にいたため売りの標的に。NASDAQバイオETF(IBB)は、2015年7月のピークから2016年初には30%以上下落。とくに中小型株の損失が深刻。
他にも、金利観測と原油安も不安材料から、世界経済への成長懸念が重なり、市場全体が防御的なモードに。
・IPOと資金調達:縮小と選別
IPO件数は、2015年の約74社 → 2016年はわずか27社程度に減少。引受幹事は JP Morgan、Goldman Sachs など大手中心に「玉石選別」。
投資家の傾向としては、Preclinical 企業の IPO はほぼ不可能に。臨床第2相データがあり、明確な出口戦略のある企業のみが注目される。
この年の代表的 IPO 例としては、
– Intellia Therapeutics(NTLA):CRISPR関連で注目($108M調達)
– Editas Medicine(EDIT):同じく遺伝子編集領域($94M調達)
基盤技術 ×VC の信頼力(Flagship, Third Rockなど)が重要に。
・VCとクロスオーバー投資家の動向
VCは様子見、ダウンラウンド(前回より低い評価)を避けるため、内部資金での “延命” を選ぶ傾向。ブリッジファイナンスや「戦略的提携」で時間稼ぎ。
Crossover(X-over)ファンドも慎重に。2015年にプレ IPO に大量参加した反動で、ポートフォリオの損切りに追われる。Fidelity、バイオファンドの Perceptive、RA Capital など一部大手は攻めの再構築を模索。
・M&A・提携:一時減速、ただし構造的には継続
大型M&Aは控えめ、政治的リスクと市場不安で、大手製薬会社も「慎重モード」に。買収対象は「データが出ている後期ステージ」に集中。
主なディールの動き
– AbbVie → Stemcentrx($56億):がん幹細胞標的。高額評価が話題に(ただし後に失敗)
– Sanofi → Medivation に敵対的買収を仕掛けるも Pfizer に敗北(2016年後半)
一方で、戦略提携は増加しました。アップフロントが少なく、マイルストンベースでリスク分散。例:RNAi, CRISPRなど次世代技術で提携活発化。
まとめ:2016年は「バイオ冬の時代」だが、構造的な種まきも進行
株価低迷・資金調達困難な一方で、
CRISPR (クリスパー) 系が上場し始める
I/O(免疫療法)パートナーシップが活発化
長期的には2018年以降のM&Aブーム、2020年のCOVIDブームの前兆と調整局面でもあった。
2017年:免疫治療と希少疾患への回帰
技術革新の年、I/O・遺伝子編集・RNAiが再評価され、2017年は “科学への再信頼” が回復した年として記憶されています。
過去のIPOバブルとは異なる、技術重視の選別市場、CAR-T の商業化成功が「実用的な細胞治療」を証明、希少疾患+プラットフォーム構造への投資が本格化、mRNA、核酸、CRISPR、RNAi が次の基盤技術として再評価され始めた「前夜」でした。
・免疫治療(I/O)
CAR-T 細胞療法がついに承認フェーズへ突入しました。Kite Pharma(KITE)の「Yescarta(axi-cel)」が2017年10月にFDA承認(DLBCL対象)。
Novartis(Kymriah)も同年に承認。→ この2剤が細胞治療のマイルストーンに。このような影響を受けて、Kite は2017年8月に Gilead が約119億ドルで買収。当時の CAR-T 分野で最大の買収となりました。
投資家が「治療としてのI/O」に再び強い関心を寄せます。同時に、次世代I/O(TCR、TIL、bispecifics)にも注目が広がります。
・遺伝子編集/RNA干渉
CRISPR 系 IPO が続きます。Editas(2016年)に続き、Intellia(NTLA)、CRISPR Therapeutics(CRSP)が注目株に。臨床入り前でも、「パイプライン+プラットフォーム」というモデルで評価されます。
RNA干渉、Alnylam のRNAi治療薬「Patisiran」が Phase 3 で好結果を発表(後に2018年承認されています)。一時は疑問視されていた RNAi が実用化に近づくフェーズに突入。Wave Life Sciences などの核酸修飾技術も評価を上げる。
IPO市場:選別回復+技術志向
IPO件数は、30社以上が上場。2016年比では回復しました。傾向としては、科学ベース・プラットフォーム型企業が強いです。
代表的IPO例
– Denali Therapeutics:中枢神経疾患×プラットフォーム型($250M)
– G1 Therapeutics:細胞周期阻害剤($108M)
– Scholar Rock:筋疾患向け抗体治療($75M)
評価ポイントとしては、単一プロダクト企業は敬遠され、モダリティを持つ技術スタックを保有する企業が評価されています。
・投資家心理と資金の流れ
科学回帰、2015–16年の過熱からの反省として、「実験的だがユニークな技術」に資金が戻ります。RA Capital、Third Rock、Flagship などのサイエンスドリブンVCが存在感を増します。
クロスオーバー投資の復活、Fidelity、Perceptive、EcoR1 などがプレIPOに再参入。「次の Moderna を探す」ムードが徐々に再燃。この背景には、IO(CAR-T)、CRISPR、RNA干渉など新技術が再評価されるというものがあります。
IPO市場、持ち直し気味だが、技術志向の企業中心。
代表例
– CAR-T関連:Kite Pharma(後に Gilead が買収)
– Rare Disease:Ultragenyx、Sarepta など成長
投資家:科学重視にシフト。「プラットフォーム型」に資金集まる傾向にありました。
希少疾患分野の再ブーム
Ultragenyx、CLN2、XLH などの遺伝性疾患治療で進展が見られました。Sarepta は、DMD(デュシェンヌ型筋ジストロフィー)治療薬「Exondys 51」が2016年にFDAから加速承認されます。
2017年には次世代 Exon スキッピング技術へと進展。FDAの姿勢も追い風になりました。希少疾患やアンメットニーズに対し、加速審査・画期的治療指定などの制度が積極活用されました。
・業界構造と戦略的M&A
Gilead の Kite 買収が象徴的となるように、「抗ウイルスの会社」→「がん免疫治療」への脱皮、他のメガファーマも「次の技術トレンド」を探し始めます。
Sanofi や Pfizer、Roche なども再びスカウティング強化。M&Aではなく、「少額マイルストーン型の提携」でリスク分散する動きも顕著になりました。
2018年:メガM&A時代の幕開け
この年は、科学技術の深化+M&A戦略の明確化=バイオが産業として確立。特に、「投資家が出口を意識し始めた年」としても歴史的に重要です。翌年以降の「X-over主導」や「COVIDモダリティ化」へと、流れが加速する布石となります。
・大型M&Aの本格化:Celgene と Takeda が象徴
– Celgene → Juno Therapeutics(約90億ドル)
自社のI/O領域を補強し、BMS対抗のパイプライン強化。中核資産「JCAR017(リソカブタゲン・マラルユーセル)」=後の Breyanzi となります。
結果として、Juno 買収により、Celgene はCAR-T市場への “短期参入” を実現。翌年、Bristol-Myers Squibb が Celgene を買収 → 超メガM&A連鎖へと繋がります。
– Takeda → Shire(約620億ドル)
買収目的は、グローバル化+希少疾患領域の拡大(血友病、免疫不全、消化器など)当時の評価額としては、日本企業による史上最大級の海外M&Aとなりました。負債比率の急上昇により株価が急落。だが戦略としては的確だったと再評価されつつあります。
・科学トレンド:商用化技術の取り込みへ
CAR-T 承認の流れが「プラットフォーム型企業を欲する買収」へと波及。免疫治療・希少疾患だけでなく、遺伝子治療・RNA干渉・腫瘍学も買収の対象に。
代表的なM&A/提携事例
– Roche → Foundation Medicine(がんゲノム解析):残り株を$24億で完全子会社化
– Novartis → AveXis(遺伝子治療):約$87億
– Sanofi → Bioverativ(血液疾患):$116億
・IPO市場の復調:大型上場の幕開け
IPO件数50社超、多くが2億ドル規模の調達。バリュエーションの基準も回復し、臨床前企業でも$1B超の評価を受けるように。
注目IPO例
– Allogene Therapeutics(ALLO):ex-Kite 創業、Allo-CAR-T 開発($288M調達)
– Moderna(MRNA): 史上最大のバイオIPO($604M)、評価額$7.5B超。当時は臨床初期、商用化実績ゼロながら期待が先行していました。
– Rubius Therapeutics(RUBY): 赤血球を用いた新モダリティで$240M超調達 → のちに失速。
・投資家心理と資本市場の変化
「エクジット志向」が明確に。IPO後の短期 M&A やビックファーマー買収を見越した投資が活発になりました。特にブリッジラウンド → IPO → 高値売却という明確な「三段階構造」がVC戦略に。
クロスオーバー・ファンドが完全復活を果たします。RA Capital、Perceptive、Fidelity、EcoR1 などが次々プレIPOに参入。
IPOシンジケートの「事前ロックアップ構造」が整備され、投資家保護も進展。
・業界構造の変化:バイオの “産業化” が進む
この年注目されたキーワードとして、「プラットフォーム型」(→技術ベースで複数疾患を狙える企業)、「モダリティ」(→細胞治療、mRNA、核酸、遺伝子編集)などがあります。
「Ready-for-M&A」戦略的に “売られるため” の構造を持った企業設計も登場します。モダリティ多様化の序章、従来の抗体から「核酸医薬」「細胞治療」へと製品化の幅が拡大。この流れは2020年以降の mRNA バブル・RNAi 復活へと繋がっていきます。
2019年:クロスオーバー(X-over)が支配する
この年に目立ったのが、クロスオーバーの支配です。「クロスオーバー」とは、未上場企業のプライベート・ラウンドに、パブリック市場を主戦場とする投資家が参加する現象のことです。
代表的プレイヤーとしては、Fidelity、Wellington、Perceptive、RA Capital、Casdin、EcoR1、Redmile など。
企業側の目的としては、IPO前に十分な資金を得て “下駄を履いて” 上場できる。一方の投資家側の目的は、先に安く入り、IPO時の “リストアップ” で即時リターンを狙うことです。
・事実上の偽装 IPO
プレIPOラウンドで1億〜3億ドル規模を調達。これにより、IPO時のバリュエーションを10億ドル超に誘導しやすくなります。実際のIPOでは調達額を小さくして「初値跳ね」を演出することも。
戦略パターンとしては、シリーズC / D でクロスオーバー参入(1年前後)、ロードショーなしのシンプルIPO、すでに安定株主を持つため株価安定性が高い、最短でM&Aまたは追加公募 (オファリング) へ向かうなど。
・高バリュエーションIPOの代表的企業とその特徴
– Relay Therapeutics(RLAY): 構造生物学×AIで創薬加速。Flagship-backed、2019年:$400M超のプライベート資金調達 → 2020年にIPO
– Kymera Therapeutics(KYMR): PROTAC(タンパク質分解誘導薬)の代表格。2019年:$102M Series C(RA Capital, Fidelityなど主導)2020年に上場。評価額10億ドル超。
– Schrödinger(SDGR); 計算化学の SaaS+ 創薬ハイブリッド。IPO直前に BlackRock や Baker Bros などクロスオーバー勢が参入。2020年初にNASDAQ上場 → 大成功(初値+$1B以上)
・資本市場に与えた影響
VC vs Public の境界が曖昧になり、ディールの透明性が問題視されることも。プレIPOラウンドでVCがエクジットを始める現象も登場。クロスオーバーが主導すると、「IPO=資金調達手段」ではなく、“流動性イベント” へと変質していきました。
・科学的トレンドとの同期性
AI創薬、タンパク質分解、核酸医薬、CRISPR 最適化といった “非伝統的” 技術が脚光を浴びる。これらは製品よりもプラットフォーム価値が重視され、クロスオーバー型の資金供給が適していた。
“バイオのSaaS化” という投資家の幻想も一部で強かった → 2021年の SDGR, AbCellera バブルへと繋がる。
まとめ:2019年は “非上場市場のインスティテューショナル化” の年
VCのプレIPO戦略は「クロスオーバー前提」に設計され始める。IPOはもはや「ゴール」ではなく、「流動性への踏み台」に。この年の構造が、2020年 のmRNA・細胞治療・AI創薬バブルの地盤となった。
2020年:COVIDブーム & mRNA革命
2020年は何といっても、COVID-19 のパンデミックです。世界中のロックダウン・死者数増加により、治療薬・ワクチンの開発が国家的課題になりました。
バイオ企業は突如として「国家インフラの一部」となります。mRNA が主役になり、Moderna(MRNA)と BioNTech(BNTX)がPfizer と組んで開発を進めます。
それまで「不確か・未実用」とされた mRNA が、数ヶ月で実用化へ。一気に「mRNA=万能プラットフォーム」という神話が生まれる。正に「mRNA革命元年」であり、バイオ企業が “国家的企業” として初めて機能した年です。
・株式市場・バリュエーションの急騰
ワクチン銘柄の臨床試験の動向に合わせて、株価が爆発的上昇します。
– Moderna:2019年末時点で$20台 → 2020年末には$100台へ。
– BioNTech:上場から1年未満で時価総額が10倍以上に。
– CureVac(CVAC):未承認段階でも2020年にIPO、時価総額$20B超の瞬間も。
非mRNA組のワクチン銘柄も恩恵を受けました。
– Regeneron:抗体治療(カクテル療法)で評価急騰。
– Vir Biotechnology:抗体治療開発でGSKと提携し、株価数倍に。
・資金調達:ATM・Follow-on・SPAC が乱舞
FRBによるコロナの大規模緩和によって、市場にマネーが溢れることに。バイオ企業はこのような背景を活用し、ATM(At-the-Market)活用が急増。
好材料が出るたびに即時で市場から資金を調達。特に Moderna は2020年だけで数十億ドル規模の資金調達に成功。公募増資 (オファリング) も活発し、IPO済企業が株価上昇を受けてタイミング良く増資。mRNAだけでなく、PCR検査キット企業や診断系も積極調達。
そして、この年最も話題となったのが SPAC の登場です。10x Genomics、Ginkgo Bioworks、Sema4 などがSPAC経由で注目され始める。SPAC (裏口上場) は翌2021年にピークに達するが、2020年は「前夜」の年です。
・科学技術の波及効果:「mRNAはすべてを変える」という期待
mRNA 技術がワクチン以外へ波及し、癌ワクチン(BioNTech)、RSV(Moderna)、自己免疫疾患、希少疾患など応用範囲が一気に拡大しました。mRNA=次世代バイオのインフラという視点が業界に浸透。
「プラットフォーム神話」の強化。核酸医薬、タンパク質分解、CRISPR、AI創薬などにも期待資金が流入。COVID による信頼感が他の非伝統モダリティにも波及しました。
・政治・規制・国際関係の激変
トランプ大統領による、ワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed)は、アメリカ政府主導で Moderna などに数十億ドル単位の資金提供しました。
FDAの審査も超加速化し、国をあげてmRNAワクチンが数ヶ月でEUA(緊急使用承認)に。サプライチェーンの国家戦略化し、ワクチン製造・原材料供給・流通に民間×国家の連携が求められるようになりました。同時に、バイオ製造(CDMO)企業も急成長(Catalent, Lonza など)。
2021年:IPOバブル再来
前年のパンデミックによる、FRBの大規模緩和による流動性ジャブジャブ+投資家の FOMO 志向により
マクロ要因として、コロナ後の景気回復とFRBによるゼロ金利・量的緩和の継続。これによる株式市場はS&P500・NASDAQともに史上最高値更新を連発。リスク資産に対する FOMO(取り残される恐怖) が拡大しました。
このバブル&FOMOは、バイオ市場への波及。2020年のmRNAブーム成功で「バイオ=次のAI」的ムードが高まります。多くの投資家が未上場バイオを急いで上場させる流れに加わり、IPOはもはや「出口戦略」ではなく「投資スタート地点」に。
・IPO件数・資金調達規模が史上最大級に
IPO件数が100社超(過去最多)、多くの企業が$200M以上を調達、プレクリニカル(臨床未着手)段階でも$500M超の評価額が付く異例の事態に。
代表的なIPO例
– Sana Biotech (SANA) : 細胞・遺伝子治療、調達額 $588M、Flagship 創業、preclinical で超大型上場
– Verve Therapeutics (VERV) : 遺伝子編集、調達額 $267M、Base editing による心疾患治療
– Instil Bio (TIL) : TIL細胞治療、調達額 $320M、I/Oの次世代細胞治療と期待された
他にも AbCellera (ABCL)、Tango Therapeutics (TNGX)、Lyell Immunopharma (LYEL)、Vor Biopharma (VOR)、eFFECTOR Therapeutics (EFTR : 後に上場廃止) など、多様な技術が一斉に上場
・科学的な中身より“ストーリー性”が重視された年
多くのバイオ企業が「ビジョン」や「プラットフォーム」を前面に出す。実際の臨床データがなくても、市場は評価額10億ドル以上を付与とバブル状態。一種の「PowerPoint IPO」時代と揶揄される。
・SPACもバイオ業界に殺到:短期資金の実験場に
20年、21年と大規模緩和によるマネーを求めて、EV、宇宙、量子など様々な分野のSPAC上場が一大ブームを継続。バイオ分野のSPAC経由の上場も30社超を超えました。
例:Sema4 (現在の GeneDx Holdings Corporation)、Ginkgo Bioworks、10x Genomics、Science37 など、VCやPEファンドが主導し、早期エグジットの舞台装置として機能。多くは1年以内に大幅下落、上場廃止、破産へと追い込まれ、後にSPACの信頼失墜へと繋がる。
・株価パフォーマンスとその後の反落
初値は好調でも…上場初週〜数ヶ月は+50〜+100%上昇する例も多数。しかし2021年Q4からは市場全体が急激に冷え込み、IPO組が真っ先に売られる。
2022年までの株価下落例(ピーク→安値比)
– Sana Biotech (SANA) : 高値からの下落は80%以上、初期臨床遅延、プラットフォーム価値に疑問
– Verve Therapeutics (VERV) : 高値からの下落は-70%超、科学的には有望だが、商用化まで遠い
– AbCellera (ABCL) : 高値からの下落は-65%超、抗体発見プラットフォームとして過大評価の反動
2020〜21年のクロスオーバーブームの延長線上。IPO前に Fidelity、RA Capital、Perceptive が参加して価格を吊り上げ。IPOを “上場ゴール” ではなく “SPV的金融商品” に変質させた結果、一部は “バイオSPAC” と変わらないハコ企業化へ。
まとめ:2021年は「パワポが10億ドルになる時代」だった
科学よりも、鉛筆ナメナメした「ストーリー×投資家心理」が支配した最終局面。IPOバブルはピークを迎え、2022年には全面的な “リプライシング(再評価)” が訪れる。しかし、この年の資金供給が今のP3試験やM&A対象パイプラインの種にもなっている。
2022年:IPOバスト、SPACバブル
インフレと金利上昇ショック、FRBがアグレッシブルな利上げを開始(3月以降):0.25%→4%以上へ急上昇、インフレ(CPI)が40年ぶりの高水準に。これによりハイベータ資産=バイオやテック系グロース株を直撃。
NASDAQ・バイオETFの暴落が開始。NASDAQは年間で30%超の下落、XBI(中小バイオETF)はピーク比で-50〜60%下落。特にプレクリニカル企業やプラットフォーム型企業が売られすぎ状態に。
・IPO市場の崩壊:リセットが訪れる
IPO件数は激減:2021年の100社超 → 2022年はわずか20社程度。ほとんどがシリーズB/臨床P1/P2以降の “現実的企業” に限定。preclinical IPO は完全消滅しました。
もちろん投資家心理の変化します。「もう夢だけでは買われない」=実データ重視の時代に戻ります。結果として、上場前企業の “エクイティ・ディスカウント(ダウンラウンド)” が続出しました。
・SPACバブルのピークと崩壊
遂に一大ブームとなった、特別目的買収会社 SPAC が崩壊します。企業を “逆買収” して上場させる裏技的手法は、2021年に大流行し、2022年前半も残り火で多くの企業がSPAC上場しました。
主なSPAC上場バイオ企業
– 10x Genomics (TXG) : シングルセル解析、評価が高すぎ+成長鈍化
– Ginkgo Bioworks (DNA) : 合成生物学、売上の実体が乏しいと指摘、SPAC批判の的に
– Sema4 (後のWGS) : ヘルスIT、利益構造が見えず→再編(解雇・拠点縮小)
– Science 37 (SNCE) : 分散型治験、成長見通しと財務の乖離
SPAC組の大半が半年以内に株価80%以上下落、多くは取引量も激減し “ゾンビ銘柄” 化(機関投資家撤退)しました。更に、上記のSPAC上場したバイオ企業は、その後に株式併合をするなど、業績不振により非公開化する企業も出てきています。
・資金調達環境の劇的悪化
公募増資やATMは事実上ストップしました。多くの企業が「現金残1年未満」という「資金崖」に直面します。VCの投資もディフェンシブになります。シリーズA・Bは一部堅調だが、シリーズC以降はダウンラウンド続出。VCも「内部支援」「耐久資金」にシフトしました。
・科学・技術よりも「財務健全性」が重視される時代へ
株主構成、現金残、ランウェイ、バーンレートがIRで最も問われる要素に。多くの企業がリストラ・プログラム停止・提携による延命を開始。
サバイバル策として登場したのが、PIPEs(後述の2024年へ繋がる)です。他にも、パイプラインの一本化、”非中核資産” の売却などが目立ちました。
「PIPEs」とは、Private Investments in Public Equities の略で、「上場企業の私募増資」を指します。これは、上場企業が、不特定の一般投資家ではなく、特定の機関投資家(ヘッジファンド、プライベートエクイティファンド、年金基金など)に対して、新株や新株予約権などを非公開で発行し、資金を調達する手法です。
2023年:SPAC崩壊、M&Aの芽
2023年は、「SPAC神話の完全崩壊と、構造的再編の兆し」が同時に進行した年です。バブルの後始末と、次の波の準備が並行して進んだ、いわば「分水嶺の年」といえるでしょう。
SPAC崩壊、信頼の完全喪失 … 破綻が “事例” から “前提” へ。2021–22年に上場したSPAC組の9割近くが時価総額1億ドル未満へ転落。売上未達、赤字拡大、プロダクトの商業化見通し不透明などが続出しました。投資家離れが加速し、SPAC という仕組み自体が「敬遠される対象」に。
株価パフォーマンスの一例(ピーク比)
– Ginkgo Bioworks (DNA) : 約-95%、“売上の実体なきSaaSモデル”と批判される
– Sema4 (WGS) : 上場廃止、再編と縮小へ。将来性が見込めず清算リスクに直面
– 10x Genomics(IPO組) : -80%超、技術は評価されるが、成長鈍化と市場センチメント悪化
SPAC スポンサーの撤退。多くの未消化SPAC(“SPACスケルトン”)が清算・中止に追い込まれました。IPOの一形態としてのSPACは事実上終了に。
・M&A再興の兆し:製薬大手の動き出し
世界的な金利上昇により、大型M&Aが安定収益源として再注目。多くの製薬企業が「パテントクリフ」を見据えて、後期ステージの外部補強へ。
主な動き(2023年発表 or 実行)
– Pfizer がADC技術の大手 Seagen を$430億で買収し、がん領域強化。
– Merck が Prometheus を$108億で買収し、炎症性腸疾患(IBD)領域を補強。
– BMS がKRAS阻害薬の Mirati Therapeutics を約$58億で買収し、オンコロジー領域の穴埋め。
特徴としては、実臨床データがある後期のバイオ企業が中心。プリクリニカル (前臨床) は対象外。
・VC投資:二極化進行
Series A は堅調で、技術的に斬新で、創業者のバックグラウンドが強い案件には*100M超の調達も。Flagship、Atlas、Arch などの一流VC主導の案件にマネーが集中する。
Series C 以降の苦境に立たされる。2021年に高評価で上場 or 後期化した企業がランウェイ切れ。結果として、ダウンラウンド・PIPEs・構造再編が続出することになりました。
構造的変化もあり「資金繰り」だけでなく、「持続可能な財務構造」が求められることに。多くの企業が、製品数の削減、社員削減、開発戦略の見直しを実行しました。
・科学技術の面では “選別” が進行
投資家が求める条件としては、明確な PoC(Proof of Concept)データ、商業化までの明確なマイルストーン設計、高バリュエーション時代の「空約束」は通用しなくなりました。
生き残るモダリティとして、ADC(抗体薬物複合体)、核酸医薬(RNAi, ASO, siRNA)、精密腫瘍学・免疫疾患・肥満領域 など、明確な市場ニーズがある技術が求められました。
・市場の新しいバリュエーション基準
2021年の「ストーリー重視、ストーリー一発」から、2023年は “実行重視” へ完全移行しました。IPOできなくても、「M&A エクジットを狙えるか?」がVCの判断基準になります。
結果として、シリーズA→シリーズB→戦略的提携→M&A エグジットという小回り型サイクルが復活することになりました。
2024年:PIPEs(非公開株式増資)台頭
2024年は、バイオ市場にとって「再起をかけたサバイバル資金調達の年」でした。過去3年のバブルと崩壊を経て、企業・投資家ともに “現実的な手段” として PIPE(Private Investment in Public Equity)に回帰。
・PIPEとは?:生き残りのための即時資金調達
PIPE(非公開株式増資)は、上場企業が特定の機関投資家に割引価格で株式を発行して資金を得る手法です。公募増資(Follow-on)とは違い、即決・スピーディに資金が手に入るのが特徴です。
企業にとっては「命綱」、投資家にとっては「割安で仕込めるチャンス」。
PIPE の魅力として、企業側の利点には次のような点があります。即時資金調達が可能、マーケットに出さずに実行可能、承認不要なケースもあり速い。
投資家側の利点としては、割安価格(ディスカウント)での取得、マイルストン到達時のリターンが狙える、M&AやポジティブIRへの “イベント参加権” などがあります。
・実施例:2024年の象徴的PIPE事例
– ALXO(ALX Oncology): パイプライン「CD47抗体(がん免疫療法)」株価低迷+Phase 2中 → PIPEで$85Mを調達しました。ポイントとしては、後期試験に向けた生存資金+M&A期待が支えたということです。
– MORF(MorphoSys, 米子会社): パイプライン「BTK阻害薬・がん分子標的治療」長期開発コスト+買収のうわさ → PIPE活用で$100M超調達。その後実際に買収発表しました。
その他事例
– Crinetics が$150M調達、パイプライン推進+商業化準備
– Iveric Bio が$250M調達、提携先からの大型PIPE。直後に買収へ
– ImmunoGen が$175M調達、ADC領域の拡張+後にアッヴィとM&A実現
・投資家心理:選別型リスク選好への変化
2021年の「一斉買い」→ 2024年は「ポートフォリオの再構築+集中投資」へ。PIPEは “アクティブなイベント投資” として注目される。直後にデータ開示、提携、買収、IRイベントが控えているケースを狙う。
機関投資家の中には、条件付きでしか買わない姿勢(eg. milestone 前 PIPE)も見られました。
・PIPEがM&Aの布石として活用される傾向
買収先企業が、資金繰りが不安定な状態では交渉が進まない。先に PIPE で資金注入 → 組織再構築 → 「買われやすい状態」へ整える
特に、アセットが良くても残高が少ない企業は PIPE → M&A の道を選びやすい。
例
– ImmunoGen:PIPE 後すぐに AbbVie (アッヴィ) が$100億で買収
– Iveric Bio:PIPE 実施後、Astellas (アステラス製薬) が$59億で買収
まとめ:2024年は「選ばれし者だけが資金を得る年」だった
まとめると、IPO は依然閉じたまま、ATM も機能せず、PIPE が実質的な唯一の資金調達手段となりました。ただし、誰でもできるわけではなく、評価が伴う企業だけに限られました。
同時に、PIPE はM&Aの “入口” としても活用されるようになり、再編の道筋を整える構造的手段に進化しました。
2025年?:CVR復活か
2025年は、CVR(Contingent Value Right = 条件付価値権)という “古くて新しいM&A構造” が復活する可能性が高まっている年です。これはバイオの「不確実性をどう投資・買収に織り込むか?」という問いに対する、現実的な答えの一つです。
・CVRとは?:リスクと報酬のバランス設計
Contingent Value Right(CVR)とは、M&Aにおいて特定の開発・承認・売上マイルストンを達成した場合に追加対価を支払う仕組みです。例えば、買収時に現金+「ALS薬がFDA承認されたら追加で1株あたり$5支払う」と設定。
買収側(大手)の目的は、初期のキャッシュアウトを抑えつつ、成功時の上振れに応じて対価を支払う。一方で、売却側(バイオ)の目的は、自社技術への信頼と潜在価値を担保できる点にあります。
・背景:不確実性が極端に高まった3領域
– CNS(中枢神経系)疾患
例:ALS(筋萎縮性側索硬化症)、HD(ハンチントン病)、AD(アルツハイマー病)
試験成功率が低く、プラセボ群との比較が困難 → 成果連動の構造が好ましい
– 肥満・NASH/MASH
バイオマーカー(体重減少、肝線維化改善)中心で評価されるが、
臨床的意義の不確実性(例:イベント削減)が残る → 承認後の成果に連動した CVR が適する
– 遺伝子治療(AAV系など)
成功すればブロックバスター、失敗すればゼロの構造
長期安全性・持続性が読めない → 条件付き対価が理にかなう
・典型的なCVR活用例(過去)と “再評価” の流れ
歴史的な事例
年 | 買収者 | 売却企業 | 概要 |
---|---|---|---|
2010 | Sanofi | Genzyme | Lemtrada(多発性硬化症)の承認に連動し最大$14/株支払いのCVR構造 |
2019 | BMS | Celgene | 3製品(ozanimodなど)の承認達成で最大$9/株支払い。ただしCVRは無価値で終了 |
2022 | GSK | Sierra Oncology | momelotinibの承認に応じた最大CVR $1/株 |
これらの教訓としては、一部は “夢で終わるCVR” として投資家に嫌われたが、今は “リスクを抑えてリターンを確保する仕組み” として再評価中である。
・2025年:復活の条件が整いつつある理由
資本コスト上昇(≒金利高止まり)により、一括大型買収が困難になっている。開発失敗リスクが高いターゲットが増加し、前臨床 or Ph2 止まりの企業が多数存在する。
投資家も “Milestone ベース” のエクジットに理解を示すように(PIPE や二段階M&Aと似た文脈)なっている。
・実際に使われそうな例(仮想ケース)
– CNS系
Wave Life Sciences(WVE): HD や ALS で NfL や MRI などのバイオマーカーが中心 → 終点未確定
Climb Bio (CLYM)、Neuvivo (非公開)、Denali Therapeutics (DNLI) など : Phase 2〜3 でもエンドポイントが曖昧 → CVR最適
– 肥満、MASH/NASH
Akero(AKRO)や 89bio(ETNB)などのNASH薬 → 承認可否ではなく、CVイベント抑制などでの後追いデータが重要
RNAi系 Alnylam Pharmaceuticals (ALNY)、Verve Therapeutics (VERV) : 長期的な安全性・持続性に依存
– AAV・Gene Therapy
Sarepta Therapeutics (SRPT)、Rocket Pharmaceuticals (RCKT)、Solid Biosciences (SLDB) など:1回投与で完治を目指すが、長期追跡データ待ち → 成功すれば数千億、失敗すれば無価値
まとめ:2025年は「成果連動型バイオM&A元年」になる可能性
CVR は買い手にとっては防御的、売り手にとっては正当な評価要求の手段です、CNS・NASH・遺伝子治療は特に向いている傾向にあります。PIPE やマイルストン契約と合わせて、「段階的エクジット構造」が M&A の主流になる可能性もあります。