
2026年3月26日の WVE-007 データを「肥満薬として失敗」と見るか、「肥満とは別軸の cardiometabolic / visceral adiposity drug として人で初めてシグナルを出した」と見るかで、完全に評価が分かれた場面です。
そして Peter Kolchinsky の連投は、WVE を直接擁護する以上に、「バイオ投資では、臨床的インパクトが小さく見える初期データを“無駄”と切り捨てるべきか」という投資哲学を語っています。
まず、3月26日の WVE-007 データで何が起きたのか?
Wave Life Sciences の WVE-007 は、肝臓で INHBE を抑制し、そこから産生される Activin E を低下させる GalNAc-siRNA です。
240 mgを1回投与した Phase 1 の6か月データでは、placebo-adjusted で、
| 指標 | 6か月 |
|---|---|
| 内臓脂肪 | -14.3% |
| 総脂肪量 | -5.3% |
| 除脂肪量 | +2.4% |
| 腹囲 | -3.3% |
| 体重 | -0.9% |
でした。つまり、脂肪、とりわけ visceral fat はかなり減った。筋肉は維持された。しかし体重はほとんど減らなかった。というデータです。
これが市場には非常に扱いにくかった。なぜなら2025~26年の肥満薬市場では、「何%体重が減るのか?」が事実上の共通通貨になっていたからです。
GLP-1/GIP 系なら10%、15%、20%という数字が並ぶ中、WVE-007 = -0.9% body weight という数字だけを見ると、「これを obesity drug と呼べるのか?」となります。
ここが Adam Feuerstein 的な反応につながります。
しかし、人間遺伝学が最初から予測していたのは「体重減少」ではない
ここが今回の投稿で一番重要です。引用された投稿は、
INHBE も ACVR1C/ALK7 も、human genetics では overall BMI との関連がない。
関連しているのは fat distribution と cardiometabolic disease だ。
という指摘でした。これはかなり正確です。
ACVR1C / ALK7
2019年の大規模 UK Biobank 研究では、ACVR1C loss-of-function 方向の変異を持つ人は、
・BMIそのものが大きく下がるというより
・waist-to-hip ratioが低い
・abdominal fatが少ない
・T2Dリスクが低い
という特徴を示しました。複数変異をまとめると、WHRadjBMI が0.2 SD低下する遺伝的効果に対して、2型糖尿病リスクが約30%低下していました。
つまり、「痩せる遺伝子」ではなく、「同じ体重でも脂肪の付き方を健康的にする遺伝子」に近い。
INHBE もほぼ同じ
2022年の Nature Communications の研究でも、INHBE loss-of-function carrier は、BMIそのものよりも waist-to-hip ratio adjusted for BMI が低いという関連を示しました。
別の約61.8万人の exome 研究でも、INHBE protein-truncating variants は、
・favorable fat distribution
・favorable metabolic profile
・T2D odds 約28%低下
と関連していました。したがって biology を素直に読むと、INHBE → Activin E → ALK7 という軸の本来の役割は、「体重を減らすこと」より、「脂肪をどこに蓄積するかを変えること」なのではないか、という仮説になります。
だから「人々は、この経路をインクレチン・ボックスに当てはめようとしている」
この一文が核心です。People are trying to fit this pathway into the “incretin box.” (人々は、この経路をインクレチン・ボックスに当てはめようとしている) というのは、GLP-1 と同じ物差しで INHBE を評価すること自体が間違っているのでは?という意味です。
GLP-1系は概念的には、
食欲↓
↓
calorie intake↓
↓
body weight↓↓
↓
fat も muscle も減る
です。
一方 INHBE/ALK7 の仮説は、
adipocyte biology を変える
↓
lipolysis / fat partitioning を変える
↓
visceral fat↓↓
↓
lean mass維持
↓
metabolic health 改善
です。したがって WVE-007 の成功を、「15% weight loss できるか?」だけで判定すると、biology と endpoint が噛み合わない可能性があります。
Adam Feuerstein の反論は、逆に非常に合理的
そこで Adam が、
実際の人々のためにならない目標に、これ以上時間やお金を浪費するのはやめたほうがいいのではないでしょうか?
と言った。乱暴な表現ですが、投資家としての問いは極めて明確です。要するに、「genetics が面白い、visceral fat が減る、mechanism が美しいと言っても、患者が体重も減らず、具合も良くならないなら何の意味があるのか?」ということです。
これは biotech で非常に重要な批判です。よくある失敗が、biomarker success ≠ clinical benefit だからです。
例えば、
・target engagement ✔
・biomarker ✔
・surrogate ✔
・biology ✔
・clinical outcome ✕
という薬はいくらでもあります。Adamは要するに、「proxy endpoint ではなく、患者に意味のある効果を見せろ」と言っている。
ここまでは彼の主張にかなり合理性があります。
しかし Kolchinsky は「昔は自分もそう思っていた」と返した
ここからが本題です。Kolchinsky の最初の返答:
アダム、私も以前はそう考えていました。しかし、遺伝子治療や免疫療法が効果を発揮しました。IL-2 には多くの期待が寄せられてきましたが、新しいバリエーションが登場したため、それを諦めるのは難しい状況です。
アミロイドβ療法も効果がありました。そして相乗効果――控えめな薬剤を組み合わせることで、大きな効果を引き出すことができるのです。
これはかなり重要な自己告白です。つまり、「昔の私は、“効かなそうなものに金を使うな” という Adam 寄りだった」ということです。
しかし長いキャリアで、「どうせ無理」と言われたものが実際には成功した
例として彼は、
・gene therapy
・immuno-oncology
・amyloid β
・IL-2 の新世代
・combination synergy
を挙げています。特に amyloid β は象徴的です。何度も失敗して、amyloid hypothesis is dead と言われ続けた。しかし最終的には抗Aβ抗体で臨床効果が確認されました。
Kolchinsky が言いたいのは、「過去の失敗から “mechanism そのものが無効” と一般化することは危険」ということです。
Kolchinsky にとって「失敗」と「無駄」は違う
これが彼の連投全体の中心です。
彼は、
最近、私が「無駄」だと感じるのは、有用なことを何も教えてくれない、欠陥のある実験デザインだ。
と言っています。つまり、失敗した trial と、無駄な trial を分けています。これは臨床バイオ投資でかなり重要です。
① 薬剤の失敗 + 解釈可能な実験
例えば、
・適切なpopulation
・適切なdose
・target engagement確認
・prespecified endpoint
・十分な sample size
・placebo-controlled
・mechanism-consistent biomarker
まで揃って、薬が効かなかった。これはネガティブですが、「この仮説はこの条件では成立しない」という非常に価値のある情報になります。
Kolchinsky にとってこれは、失敗ではあるが、waste ではない。
② 薬剤の失敗+結果の解釈不能な実験
一方で、
・dose不足
・patient selection不適切
・endpoint変更
・heterogeneous population
・trial execution不良
・dropout多数
・crossover過多
・target engagement不明
などでネガティブになった場合、なぜ失敗したのか分からない。これは科学的にほとんど何も学べない。
Kolchinsky は、こちらを本当の waste と呼んでいる。この考え方は、TENX、RZLT、CMPX、REPL などを見る場合にも非常に有用です。
「研究開発に年間3,000億ドルを投資しても、それは微々たるものだ」
ここも彼らしい思想です。Kolchinsky は、
世界全体の富から見れば年間約3000億ドルのR&D投資は大した額ではない
という立場を取っています。つまり、人類全体として、もっとたくさん実験していい。成功確率が10%しかなくても、残り90%から知識が得られるなら社会全体では必ずしも浪費ではない。
という考えです。これはVCとして非常に興味深い。普通のポートフォリオ・マネージャーなら、資本効率を最優先します。Kolchinsky はもう一段広い、生態系の効率性を見ています。
そして「ビデオゲーム、カジノ、ガジェット」と比較した意味
彼が、
バイオテクノロジープロジェクトを「無駄」だと決めつける前に、あらゆる事柄に対して同じ基準を当てはめてみてはどうでしょうか?
と言っているのも面白い。ゲーム、カジノ、煙草、装飾品、gadgets などにも世界は莫大な資本を使っている。それに比べれば、新しい biology を検証する臨床試験には、ネガティブでも知識の波及効果が残る。
という価値判断です。これは「すべての biotech project に投資すべき」という意味ではありません。むしろ彼自身、
投資をするかどうかは、また別の判断です。
とはっきり区別しています。ここは非常に重要です。
科学的に価値がある ≠ 投資として魅力的
Kolchinsky の思想を数式っぽくすると、
科学的価値
学習確率 × 情報の価値
と、
投資価値
技術的成功確率 × 商業的価値 × 所有権の経済性 ÷ 評価額
は別物です。
例えば、成功確率10%の新しい mechanism でも、科学的にはやる価値がある。しかし株価がその成功を80%織り込んでいるなら、株としては買わない。
逆に成功確率20%でも、株価が5%しか織り込んでいなければ、投資になる。だから、
彼らの好奇心には敬意を表します。投資するかどうかは、また別の判断です。
となります。RA Capital の投資哲学を理解するうえで、かなり重要な文章だと思います。
「チェス盤全体」という表現も重要
彼は、
チームによっては、盤面全体を分析しないところもある。
とも言っています。これは単なる biology だけを見てはいけない、という意味です。
Kolchinsky のいう「盤面」には少なくとも、
| レイヤー | 問題 |
|---|---|
| Biology | targetは本当にcausalか |
| Molecule | 十分なpotency / durabilityがあるか |
| Clinical | trialで検証可能か |
| Patient selection | responderを選べるか |
| Competitive | 開発終了時にもunmet needがあるか |
| Regulatory | FDAが認めるendpointか |
| Reimbursement | payerが払うか |
| Commercial | physician / patientが使うか |
| Combination | 他剤と組み合わせて価値が増すか |
があります。だから、
・良い biology だけでもダメ。
・良い drug だけでもダメ。
・良い trial だけでもダメ。
全部を見る。これが RA Capital らしい考え方です。
そのうえで Kolchinsky は「WVE-007」をかなり具体的に擁護している
特にこの部分です。
ある企業が、新たな標的に対して「ファースト・イン・クラス」あるいは「ベスト・イン・クラス」の分子を有し、生物学的妥当性があり、他の薬剤との相乗効果も期待でき、かつ、支払い意欲が実証されている世界最大の市場をターゲットにしている場合、その案件に投資してみるのも悪くない選択だと言えるだろう。
これはほぼ「WVE-007」を念頭に置いた文章でしょう。
分解すると、
① first/best-in-class
INHBE を臨床で深く、長期間抑制する薬。
② 新しいターゲット
まだ clinical validation されていない新しい biology。
③ 生物学的に妥当な説明
human geneticsがかなり強い。
④ 相乗効果の可能性
GLP-1/incretin との併用。
⑤ 巨大な市場
肥満・metabolic disease。
⑥ willingness to pay (支払意願)
GLP-1 ですでに巨大市場が成立している。
つまり、「この条件なら Phase 1 で体重が1%しか減らなかったから即終了、というほど単純ではない」ということです。
特に「synergy」が WVE-007 テーゼの核心かもしれない
私はここが最重要だと思います。Kolchinsky は冒頭から、
控えめな薬剤を組み合わせ、大きな効果を引き出す
と言っています。つまり WVE-007 を、独立系の GLP-1 競合製品として考えていない可能性があります。
むしろ、
インクレチン
→ 食欲 / カロリー摂取量
INHBE阻害
→ 内臓脂肪 / 脂肪の分布 / 除脂肪体重の維持
という組み合わせです。イメージとしては、
| 項目 | GLP-1 | WVE-007 |
|---|---|---|
| 食欲低下 | ◎ | × |
| 体重減少 | ◎ | △ |
| visceral fat | ○ | ◎ |
| muscle preservation | △ / 課題 | ◎候補 |
| dosing | weekly / monthly | 年1–2回候補 |
| mechanism | CNS / GI / metabolic | adipocyte biology |
| 役割 | mass loss | quality of weight loss |
となります。だから「GLP-1 より体重が減らない」で切ると、複合資産としての価値を見落とす可能性があります。
実際 WVE はその後、2026年6月24日に Phase 2a を開始し、さらに incretin combination と post-incretin maintenance の Phase 2 を2026年後半に開始する方針を示しています。
これはまさにこの議論の延長線上です。
「visceral fat の多い患者でやるべき」という点も重要
Kolchinsky 最後の投稿:
especially in combo, over time, & in patients w/+++ excess visceral fat
特にコンボ療法において、長期的に見て、そして内臓脂肪が著しく過剰な患者において
には3つ条件があります。
・combo
・over time
・high visceral fat population
です。これは3月26日のデータを考えると非常に合理的です。
400mg cohort では一見効果が弱かったのですが、Wave はこの群に baseline visceral fat が正常範囲の人が10/24もいたことを示しました。
visceral fat >500g の subset では、3か月の visceral fat reduction が約-7.8%となり、240mg cohort と整合的でした。つまり、「既に内臓脂肪が少ない人から内臓脂肪を減らせない」という floor effect がある可能性があります。
したがって Phase 1 の健康な過体重・肥満の被験者は、WVE-007 にとって理想的 population ではなかった可能性がある。
これも典型的な、薬物生物学 ↔ 患者の選別の問題です。
Adam と Kolchinsky は、実は違う問いに答えている
ここを整理すると非常に分かりやすいです。
Adam: 今のデータで患者に意味のある drug だと証明できたのか?
答え: まだ No。
Kolchinsky: 今のデータだけで、この biology を追うこと自体をwasteと断定できるのか?
答え: それも No。
つまり両方かなり正しい。
投資家としてはこう読むのが良い
WVE-007 については、「Phase 1 で成功した」とも、「肥満薬として失敗した」ともまだ言い切れません。
正確には、human genetics が予測した “fat distribution drug” としてはシグナルが出た。しかし、それが患者に意味のある clinical benefit と commercial value になるかはまだ証明されていない。
という段階です。したがって今後重要なのは単なる body weight ではなく、
・内臓脂肪
・肝脂肪
・HbA1c
・インスリン感受性
・脂質
・CRP
・ウエスト周囲径
・除脂肪体重
・筋機能
・GLP-1 との相加的/相乗的効果
・GLP-1 投与後の体重維持
です。Phase 2a では実際に MRI/DEXA、liver fat、HbA1c、lipids、CRP、muscle function などを測る設計になっています。
そして RA Capital を理解するうえでは、この投稿はかなり重要
Kolchinsky の一連の発言を一文にすると、「予想外の negative data が出たとき、“失敗した薬” を見るのではなく、“この実験によって仮説空間のどこが狭まったのか” を見る。」
ということだと思います。これは、RA が RZLT の Phase 3 失敗後に入った行動ともかなり通じます。
彼らは必ずしも、「negative = drug dead」とは考えない。むしろ、
・biology は否定されたのか?
・dose の問題か?
・population か?
・endpoint か?
・trial design か?
・一部 subgroup には real effect があるか?
・次の実験で答えを出せるか?
と分解します。そして最後に、その残った不確実性に対して、現在のバリエーションが安すぎるか?を見る。これが RA Capital の dislocation 投資を理解するかなり良いフレームだと思います。
特に Kolchinsky の
“ずさんに行われた試験からは、何の知見も得られない。”
という思想は、今見ている RZLT、TENX、CMPX、ENGN、CAPR、REPL、QURE のような「一度大きく躓いた銘柄」を評価するときに、そのまま使えます。
「失敗したか?」ではなく、失敗によって何が否定され、何がまだ生きていて、次の実験はそれをきれいに検証できるのか?
ここを見る、ということです。
最後のやり取り
Adam の返答はこうです。
Peter、WVE をショートしていたファンドマネージャーを紹介できる。彼のthesisは正しく、利益も出た。とても優秀で、長年biotech shortで素晴らしい実績を持っている。
これは前の Kolchinsky の、
「waste だと自信満々に言う投資家を見ると、実際に short しているのか確認する」
という挑発に対する Adam の返しです。つまり Adam は、「いるよ。実際に WVE をショートして、正しくて、儲けた優秀な投資家が。」と言ったわけです。
ところが Kolchinsky は、
どっちでもありえないよ、アダム。
と返しています。これは、「それは今している議論とは関係ない」という意味です。
Kolchinsky は「投資判断」と「科学的命題」を切り離している
ここが非常に重要です。WVE をショートした投資家には、例えば次のようなテーゼがあり得ます。
市場は WVE-007 を GLP-1 級の肥満薬として期待しすぎている
・Phase 1 では体重減少が弱いだろう
・valuation が高すぎる
・データ発表時に期待剥落が起きる
・body-composition story だけでは市場は納得しない
これなら、2026年3月26日の株価反応については正解だった可能性があります。
実際、WVE-007 は6か月で内臓脂肪を placebo-adjusted 約14%減らした一方、体重は約1%減に留まりました。つまり「典型的なobesity efficacy」を期待していた市場には失望となり得るデータでした。
しかし Kolchinsky が問題にしている命題は別です。INHBE inhibition そのものが、人間にとって役に立たない biology なのか?これはまだ証明されていない。
したがって、Short WVE → profitable から、INHBE → useless target とは論理的に飛べない、ということです。
SQNM の例がものすごく分かりやすい
Kolchinsky は、
「cfDNAは機能しない」という理由でSQNMを正しく空売りした人たちは、SQNMがそれを実現できていなかったという点では正しかったが、それが機能しないという点では間違っていた。
と言っています。
Sequenom(SQNM)は、cell-free fetal DNA を使った出生前診断で有名になった会社です。当時SQNMに対して、「cfDNAによるnon-invasive prenatal testing なんて成立しない」というショート・テーゼを持った人がいた。
そして SQNM という会社・製品・その時点の実行に関してはショートが成功した。しかし後に、cell-free DNA によるNIPT自体は巨大な臨床カテゴリーとして成立しました。
つまり、company failed ≠ technology failed です。
Kolchinsky の言い方にすると、
・ショート側が正しかった命題
SQNM は今これを実現できていない。
・ショート側が間違っていた命題
cfDNA ではそもそも実現不可能だ。
この2つを分けろ、ということです。これは biotech 投資では極めて重要です。
Elan / amyloid β の例も同じ
次に、
Some shorted Elan b/c abeta wouldn’t work, but MoA eventually did.
(アベータが効果を示さなかったため、エランの株を空売りした人もいたが、最終的にはMoAが効果を発揮した。)
Elan は Alzheimer 病の amyloid β を標的とした開発で、長い間失敗の象徴のように扱われました。
当時のショート・テーゼには、「Elan が失敗する」だけではなく、「amyloid hypothesis そのものが間違っている」という一段強い主張も含まれていました。
Elan へのショート自体はタイミング次第では非常に儲かった。しかし、その後抗Aβ抗体が臨床効果を示したことで、Aβを下げても Alzheimer 病には何の意味もないという強い命題は成立しなくなった。
Kolchinsky はここでも、株価予測の正しさと、メカニズムレベルの正しさを区別しています。
これは WVE にもそのまま当てはまる
今回の構造は、
| 命題 | 3月26日時点の評価 |
|---|---|
| WVE株はデータ後下がる | ショート側が正しかった |
| 市場はWVE-007に期待しすぎていた | かなり正しかった可能性 |
| WVE-007はGLP-1級の単剤体重減少薬ではない | 現時点ではかなり示唆される |
| INHBE inhibitionは意味がない | まだ分からない |
| visceral fat reductionには臨床価値がない | 未証明 |
| GLP-1とのcombinationにも価値がない | まだ全く決着していない |
| INHBE研究に金を使うのはwaste | Kolchinsky が反論しているのはここ |
つまり Adam と Kolchinsky は、途中からかなり違うレベルの議論をしています。
Kolchinsky の “議論の立場を逆転させる” とは何か?
最後に、
I am challenging flip arguments of what is waste.
私は、「何が廃棄物なのか」という議論の二転三転する主張に異議を唱えています。
と言っています。ここでの flip は「軽率な」「深く考えずに言う」といったニュアンスです。
つまり、「データが期待以下だった → 株が下がった → ショートが儲かった → だからターゲットが駄目 → 研究そのものが無駄」という短絡を批判しています。
Kolchinsky からすると、この論理には途中に何段階も抜けています。
本来なら、
1. Drug exposureは十分だったか?
2. Target engagementは十分だったか?
3. Human geneticsが予測したphenotypeは何だったか?
4. そのphenotypeは実際に再現されたか?
5. Clinical endpointにつながるか?
6. Patient selectionを変えれば効果は増えるか?
7. Combinationなら価値が出るか?
8. Commercially reimbursableな効果になるか?
まで見ないと、「無駄」とは言えない。
実は WVE-007 は、この意味でかなり興味深い negative/dislocation です
WVE-007 の3月データは、普通の「ターゲットが効かなかった」タイプではありません。
むしろ、
Target engagement
かなり強い。
Activin E
は最大約88%低下し、7か月以上持続しました。
Mechanistic phenotype
出ている。
内臓脂肪 -14.3%、total fat -5.3%、lean mass +2.4%。
Traditional obesity phenotype
弱い。
body weight -0.9%。
つまり、薬が biology を動かさなかったのではなく、biology はかなり動いたが、市場が最重要視する body-weight endpoint にはまだ十分 translate していない。
これが非常に重要です。だから Kolchinsky には、「これを mechanistic failure として捨てるのは早すぎる」と見えているのでしょう。
ここは RZLT のケースとも非常によく似ています
RA Capital を見るうえで、この考え方は重要だと思います。
株式市場はしばしば、カタリスト → バイナリー判定をします。
・positive → buy
・negative → sell
です。しかし RA Capital のような scientific biotech investor は、negative data をもっと分解する。
例えば、Drug failed? (薬が効かなかった?) ではなく、What exactly failed? (具体的に何が失敗したのでしょうか?) と考える。
WVEなら、
・INHBE biology ×
・target engagement ○
・visceral-fat biology ○
・muscle preservation ○
・GLP-1-like weight loss ×
・clinical outcome ?
・combination ?
です。全部が × ではありません。
Kolchinsky の投資哲学を一番きれいに表すなら
次の3つにまとめると非常に分かりやすいと思います。
① 「株を当てる」と「科学を当てる」は違う
今日の株価を正しくショートできても、10年後の biology について正しいとは限らない。
SQNM/cfDNAやElan/Aβがその例。
② 「drug failure」と「mechanism failure」を区別する
一つの薬、一つのdose、一つのtrial、一つのpopulationが失敗したからといって、target class全体が否定されたとは限らない。
③ 「投資しない」と「研究する価値がない」も違う
これは Kolchinsky が繰り返している点です。
Whether I invest is a separate call. (投資をするかどうかは、また別の判断です。)
WVE が割高なら RA Capital は買わなくてもいい。しかし、「自分が買わないから、この研究は waste」とは言わない。
そしてこれを臨床バイオ投資に応用するとかなり強力です
大幅下落銘柄を見るとき、「ショートが正しかったか?」よりも、「ショートのどの命題が正しかったのか?」と聞くべきです。
例えば、
A. 株価が高すぎた。
B. catalyst expectationが高すぎた。
C. trial designが悪かった。
D. drug molecule が悪かった。
E. target biology そのものが間違っていた。
A が正しくても E が正しいとは限りません。そして株価が70~80%下がった後の投資では、むしろこの区別がαになります。
市場が A〜E を全部まとめて「失敗」として価格に織り込んだのに、実際には A/B しか否定されていないのであれば、そこに再評価余地が生まれる。
今回 Kolchinsky が Adam に言っていることを一言でまとめるなら、
WVE をショートして儲けたことは、その投資家が3月26日の価格形成について正しかった証拠ではある。しかし INHBE biology を研究することが “無駄” だという証拠ではない。
ということです。これは、RA Capital が臨床失敗後や市場失望後の銘柄を拾うときの思考回路をかなり露骨に見せているやり取りだと思います。

