
GLP-1 の肥満薬で2024年にブロックバスターの「キイトルーダ」を売上げを塗替え肥満薬でバイオ帝国を築く製薬大手イーライリリーのCE0、デービッド・リックス氏が語るプラットフォーム型のR&Dについて詳しくご紹介します。
「新しいプラットフォーム × 既知の標的」をどう考えるか?
“まったく新しい標的” を探すよりも、既に価値が証明された標的を、まったく新しい「武器」で攻め直せるか? – デービッド・リックス
・既知の標的
例)TNFα、HER2、PCSK9、CD3、B細胞、インフルエンザウイルス など
→ 「ここを叩けば病気が良くなる」ことは、もう臨床で証明済み
・新しいプラットフォーム
例)
モノクローナル抗体
ADC、TCE、bispecific
RNAi / ASO / mRNA
遺伝子治療 / レトロトランスポゾン / ベクター設計
PROTAC / 分子グルー
CRISPR / base editing / prime editing
細胞治療(CAR-T、CAR-NK、TIL) など
標的の「価値」は既に確定している → 科学的リスクは低め。勝負どころは「どれだけ良い形で “叩ける” か」に移るという構図になります。
既知標的 × 新プラットフォームが強い理由
1. メカニズムの妥当性(MoA)は既に証明済み
0→1 の標的探索より、失敗確率が低い
2. 臨床試験デザインが組みやすい
エンドポイント、バイオマーカー、必要な効果サイズが分かる
3. 既存薬との head-to-head / add-on 試験で “優位性” を見せやすい
投与負担、AEs、効果持続、DRO、医療経済 などで差別化
4. 市場も既に存在している
「この疾患×この標的でいくら売れるか」がある程度見える
だからこそ、
どのプラットフォームが、既知の“デカい”標的にどれだけ構造的アドバンテージを持つのか? – デービッド・リックス
を読むのが、投資でも事業戦略でも超重要になります。
Genentech の例:モノクローナル抗体が起こした「30年の波」
Genentech は 1980–90s にかけて、モノクローナル抗体(mAb)の「工業化プラットフォーム」を確立しました。ポイントは “抗体という分子そのもの” ではなく、
・大量生産できる細胞株・培養技術
・ヒト化/ヒト型抗体のエンジニアリング
・精製・品質管理の規格化
・臨床開発・承認プロセスの「型」
をまとめて一つの 「プラットフォーム」 にしたこと。その結果:
・Trastuzumab(Herceptin):HER2陽性乳癌
・Rituximab:CD20陽性リンパ腫
・Bevacizumab:VEGF阻害
…と、既に重要性が示唆されていた標的に対し、抗体という新しい“武器”で次々にヒット薬を量産しました。ここで重要なのは、
HER2 や VEGF という標的が突然現れたわけではなく、「mAb というプラットフォームが整ったから、一気に波が来た」
という順番です。その後30年近く、
・自社パイプライン
・他社の follow-on mAb
・バイオシミラー
まで含めると、「抗体の波」だけでグローバルで数十兆円規模のバリューを生み続けている、というのがあなたの言う “30年の波” の正体ですね。
Gilead の例:ウイルス学 × 有機化学で「既知のウイルス」を攻略し直す
Gilead がやったのも、似た構造です。
・HIV、HBV、HCV など、ウイルスそのものは昔から知られていた標的
・そこに対し、核酸アナログ・プロドラッグ設計・コンビネーション戦略という「化学+臨床開発」のプラットフォームを構築した
結果:
・HIV:Truvada, Atripla, Genvoya…
・HCV:Sovaldi, Harvoni, Epclusa…(いわゆる C 型肝炎特効薬の波)
これも、
「ウイルス学そのものが突然降ってきた」のではなく、「Gilead 流の化学・プロドラッグ・コンボ開発プラットフォーム」が既知のウイルス標的を次々に “解いていった”
と見ると、Genentech の抗体の話と同じ構造になります。
「波を最初に掴む」とは、具体的に何を見ているのか?
LLY のCEOデービッド・リックスが述べていることを分解すると、狙っているのはこの3ステップです:
1. 新しいプラットフォームが、構造的に「強い」か?
・既存の武器と比べて
・効き方が根本的に違う(例:degrader vs inhibitor)
・投与負担が極端に軽い(例:orals vs IV)
・患者の QOL / 医療経済が明らかに改善
・「これは if it works, 既存薬を全部置き換えうる」レベルか?
2. 既知の“デカい標的”に、どう刺さりうるか?
例:
INHBE / GIPR / GLP1 / PCSK9 / ANGPTL3 / Lp(a)
CD19 / BCMA / CD20 / CD3 / PD-1 / CTLA-4
「この標的を、このプラットフォームでやると何がどれくらい良くなるか?」を定性的に描けるか
3. その波の“ファーストペンギン”は誰か?
・技術そのものを持っている company(Genentech / Gilead 的な立ち位置)
・そこからスピンアウトした second movers
・両者にどんな IP・人材・資本 の差があるか
波に乗り遅れると何が起きるか
第一波:
・プラットフォーム創業期 → 早期臨床 → 最初の approval
・「これは本物か?」が決まるフェーズ。
・当たると multi-bagger が出るゾーン。
第二波:
・follow-on や me-better が雪崩れ込む
・バリュエーションは既に “期待込み” なので、
・ちょっとしたネガティブニュースで大きく調整
・「ただの crowded trade」に変わる
デービッド・リックスの言う遅れれば、すべてを逃す。というのは、
・プラットフォームが “本物” だと市場に認識される前に思惑で張るのか
・それとも「安全側」で、承認後 or 二作目以降で入るのか
というリスク/リターンの選択の話です。
実際の投資目線で見るときのチェックリスト
A. プラットフォームの質
・in vitro / in vivo の 効力・selectivity・PK/PD
・安全性の理論上のリスク(on-target / off-target / immunogenicity)
・製造のスケール・コスト・CMC 難易度
・投与ルート(IV / SC / oral / in vivo / ex vivo)
B. 標的の妥当性
・すでに他メカニズムの承認薬があるか?
・既存薬の unmet need(効果不足 / 安全性 / コスト / 投与形態)
・「このプラットフォームなら、その欠点を潰せる」という
・ロジックが立つか?
C. 組織・資本・エコシステム
・創業者・CSO レベルの track record
・Big pharma / 大型ファンドが early に入っているか
・協業先(学術・病院・製造パートナー)の質
・IP の moat(composition of matter / platform IP / FTO)
今のマーケットで「新しい波」候補になり得るもの
・RNAi / ASO の「メタボ・心血管・肥満」展開
既知標的(PCSK9, ANGPTL3, Lp(a), INHBE…)× サイレンシング
・次世代減量薬
GIP/GLP-1 以外の経路(INHBE, Amylin, GLP-1/GCGR…)
・セルドラッグコンジュゲート / next-gen ADC
HER2 / TROP2 / Claudin 18.2 などは既に “当たり標的”
・TCE(T-cell engager)の安全化・持続化プラットフォーム
既知標的に安全にフルパワーで CD3 をぶつけられるか
・マルチ特異性抗体・Fc エンジニアリング
1つの抗体で 2–3 標的を同時に叩く
ざっくりと上記のような流れが、「波になりうるプラットフォーム × 既知標的」の典型例です。
まとめ
新しいプラットフォームが既知の標的を新しい方法で攻略できるか?
という問いは、裏返すと:
・「標的の価値」はもう証明済み
・あとは「どのプラットフォームが、それを最も良い形で料理できるか」
・そして そのプラットフォームの “最初の数社” をとれるかどうか
というゲームです。
Genentech の抗体、Gilead の抗ウイルス薬は、まさにその「最初の波」を掴んで、数十年スパンのバリューを生み続けた例。
どのプラットフォームがどの標的で “本当に優位” か + そのファーストペンギンは誰か
という読みは、そのまま “次の Genentech / Gilead を取りに行くゲーム” そのものだと思います。

