臨床保留(Clinical Hold)とは、米国食品医薬品局(FDA)が、臨床試験の進行を一時的または無期限に停止させる措置のことです。臨床保留の理由はさまざまですが、主に安全性への懸念や試験計画の不備が挙げられます。
臨床保留には2種類が存在します
・Full Clinical Hold:臨床試験全体の停止
・Partial Clinical Hold:一部患者群や試験パートのみ停止
バイオ株投資においては、臨床保留が発表されると短期的には株価急落につながることが多く、投資家心理に強いインパクトを与えます。
GHRS のケース
GH Research(GHRS)は、2025年6月20日にFDAに対して、「GH001(治療抵抗性うつ病向け吸入療法薬)」のIND臨床保留に関する「完全な回答(complete response)」を提出しています。
その後、2025年7月23日のプレスリリース「グローバル・ピボタル・プログラムの計画とさらなる開発に関する最新情報を発表」の中で、次のように発表しました。
FDAから回答があり、保留トピックは残り1つとなりました。FDAは、先に発表したラットにおける呼吸器組織学的所見に関する追加データまたは更なる正当な理由の提出を求めました。
我々は科学的証拠に基づき、呼吸器組織学的所見はラット特有のものであると強く信じている。犬の毒性学に関する追加要請はありません。デバイスに関する問題は残っていない。
FDAとのINDコンプリートレスポンスに関する交渉は継続中である。我々は、残された問題の解決に積極的に取り組んでいる。
このニュースを受けて、臨床保留はまだ正式に解除されていないということから、保留解除期待した値動きから一気に株価は暴落しました。一方で、2026年のグローバルなピボタル試験の開始に向けた準備は着実に進められています。
GH Research は、上場しているサイケデリック領域の中でもバイオファンドの保有率が多く期待されている銘柄でもあります。
GHRS の臨床保留は長期化している
・一般的な臨床保留期間
Partial Clinical Hold(一部停止)
多くの場合は 数週間~数か月 で解除されることが多いです。
・Full Clinical Hold(全面停止)
原因が複雑だったり、非臨床データの追加提出が必要な場合は、半年以上かかるケースもあります。
GHRS の場合、発生時期が2023年9月29日です。そして現状2025年8月時点で解除されておらず、FDAとの協議は「残る1点のみ」まで進展中です。
経過期間としては、約1年11か月(臨床保留としては非常に長い部類)が経過しています。サイケデリックという領域的にも関係あるのでしょうか?
長期化している理由の推測としては、安全性データの精査が非臨床領域(ラット病理所見)に及んでいることがあげられます。つまり、臨床試験データだけでなく追加試験や説明資料が必要。
試験デザイン・デバイス要素の関与は少ないが、非臨床課題は時間がかかります。動物実験の再実施や再解析は期間が長引く傾向です。
RTW CEO、ロッド・ウォン博士のコメント
この件に関して、RTW のCEOロッド・ウォン博士は次のようにコメントしています。
$ghrs has been working with fda for the past couple years to open a US ind. in that time the company has completed all the way thru p2b in Europe, showing the largest benefit ever seen in treatment resistant depression. in addition this is a psychedelic, a priority for fda…
— Rod Wong, MD (@docrodwong) July 23, 2025
GHRS は過去数年にわたりFDAと協力して米国でのINDを開設してきました。その間、会社はヨーロッパでP2bまでを完了し、治療抵抗性うつ病においてこれまでに見たことのない最大の効果を示しました。
さらに、これはFDAのリーダーシップにとって優先事項であるサイケデリックです。FDAが過去を改善する機会の一つとして、INDを可能にするファームトックスがより統合され、臨床的判断が取り入れられるべきだと話してきました。
そして、ここにその例があります(ラットで観察された呼吸器毒性所見を軽視するつもりではありません)。
現在、100人以上の国際的な患者の経験があり、治療抵抗性うつ病のために数ヶ月に1回程度吸入される薬剤で、犬の研究では問題がなく、げっ歯類が吸入薬に対して特異的に感受性が高いという明確な科学的証拠があります。
このような状況下でのINDの承認はもっと迅速に進むべきです。ここからの遅延は比較的軽微であると予想され、その間もプログラムはグローバルに進展を続けられますが、これらはFDAが翻訳開発における競争力を取り戻す方法を考えるためのケーススタディのひとつです。
過去の臨床保留が長期化した例
企業 | 薬剤 / 対象疾患 | Clinical Holdの理由 | 期間 | 備考 |
---|---|---|---|---|
Sarepta Therapeutics(SRPT) | SRP-5051 / DMD | 高マグネシウム血症による安全性懸念(非臨床+臨床データ) | 約1年4か月 | 前処置・用量調整を経て解除 |
Allogene Therapeutics(ALLO) | ALLO-501A / CAR-T | ゲノム編集細胞の染色体異常リスク評価 | 約1年1か月 | FDAによる非臨床解析が長期化 |
Verastem(VSTM) | Duvelisib / 血液がん | 動物試験での毒性懸念 | 約1年2か月 | 製造工程修正と追加試験後に解除 |
Solid Biosciences(SLDB) | SGT-001 / DMD | 重篤なSAE(心筋炎疑い) | 約1年半 | 投与条件とモニタリング体制の全面見直し |
Geron(GERN) | Imetelstat / 骨髄異形成症候群 | 長期毒性データの不足 | 約1年8か月 | 追加試験の完了後に解除 |
ACLX の事例
Arcellx (ACLX) は2023年6月20日、再発または難治性多発性骨髄腫(r/r MM)患者を対象とした「iMMagine-1」第2相試験について、FDAから臨床保留(Full Clinical Hold)を受けました。
原因は、治療後に発生した重篤な毒性による被験者死亡です。この発表を受け、株価は時間外取引で急落しました。その後、約4か月でFDAは臨床保留を解除。解除にあたっては、安全性強化策として
・前処置(lymphodepletion)レジメンの変更
・患者選択基準の厳格化
が導入されました。解除発表当日、株価は20%以上急騰しています。背景として、今回の死亡事例は治療そのものの致命的欠陥ではなく、投与条件や前処置によるリスクと判断されたことがあります。
このように、市場がリスクの性質を理解すれば、中期的には株価の押し目買いの好機となる場合もあります。
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Arcellx のケースでは、原因の究明とプロトコル改定、臨床現場への教育という明確な対策により、迅速に解除に至った点が市場に評価されました。
比較表:GHRS vs ACLX の Clinical Hold 対応
項目 | GH Research(GHRS) | Arcellx(ACLX) |
---|---|---|
臨床保留の発生時期 | 2025年6月、FDAに対して「complete response(完答)」を提出済み | 2023年6月16日、患者死亡を受けてFDAがiMMagine-1試験に部分的Clinical Holdを発動 |
発生時の理由 | 詳細非公表。ただし回答によって「残る懸念は1点のみ」として整理済み | 治験プロトコル違反による患者死亡(治療対象外の患者に投与、その後の管理も適切でなかった) |
FDAとの対応内容 | 完全な回答(Complete Response)を提出し、現在1点について協議中 | プロトコル修正、臨床サイトの再教育、bridging therapy(繋ぎ治療)選択肢の拡大によりFDAと調整完了 |
臨床保留の解除(解消) | 解除はまだ。FDAの最終判断待ち(30日以内に決定可能と予想される) | 2023年8月に部分的Clinical Holdが解除され、治療再開へ進展 |
投資家的な視点 | 大半の懸念が解消された「残るは1点のみ」という段階で、解除の期待は高い。一方、正式解除前につき慎重姿勢も必要。 | 保留解除後は株価も回復傾向にあり、前向きな市場反応を誘引した。迅速な対応が評価されたケース。 |
まとめ
臨床保留(Clinical Hold)を受けた際は、経営陣・責任者による原因の特定と改善策の明確化、そして迅速な対応が不可欠です。情報開示がわかりやすく、対応の進捗が明確であるほど投資家の信頼は回復しやすく、それが株価反発の原動力となります。