リチャード・ドーキンスの新書『The Genetic Book of the Dead: A Darwinian Reverie』が本国アメリカで2024年9月に出版されました。あのリチャード・ドーキンスの新書なのに、日本では未だに翻訳されていないことに驚きつつ、本書についてご紹介します。
本書について
著名な生物学者でありベストセラー作家であるリチャード・ドーキンスが、生物を全く新しい視点で見る方法を提案します。それは、生物を「古代の世界を記述した文書」として読み解くというアプローチです。
この画期的な探究では、ダーウィンの進化論の力が過去をどのように明らかにするかを示します。リチャード・ドーキンスは、生物の体、行動、遺伝子を「本」として読み解き、それを祖先の世界を記録したアーカイブとして考えます。
未来の動物学者は、未知の動物を提示されたとき、その祖先の歴史を解読し、その固有の「死者の書」を読むことができるようになるでしょう。こうした研究は、動物が障害を克服し、環境に適応し、繰り返し似たような方法で生命の問題を解決してきた驚異的な方法を明らかにしています。
『利己的な遺伝子』の著者が贈る、この革命的な一冊は、これまで見たことのないほど生き生きとした、より繊細で魅力的な過去の世界への扉を開きます。豊富なイラストを伴うこの作品は、進化の驚異を探る全く新しい方法を提供します。
砂と石の乾燥した風景が背中に「描かれた」ような絶妙なカモフラージュを持つトカゲ。その皮膚は、先祖が生き抜いた古代の砂漠の世界を記述した一種の「文書」として読むことができます。しかし、これらの記述は皮膚の表面だけにとどまらず、動物全体の構造や本質にまで深く入り込んでいます。
フィナンシャル・タイムズの「2024年科学のベストブック」、タイムズ(英国)が選ぶ「科学書オブ・ザ・イヤー」、ガーディアンの「2024年ベストアイデアブック」に選出。
「知的にきらめく、美しく構築された作品。」— エイドリアン・ウルフソン(ウォール・ストリート・ジャーナル)
「見事な作品。進化が動物界にもたらした驚異への最も喜ばしい賛辞と言えるだろう。」— フィリップ・ボール(サイエンス誌)
あらゆる生物の身体、行動、遺伝子が「死者の書」として読み取れる
もし時間をさかのぼれば、どの世代も前の世代と次の世代と同じ種である。では、種はどのように形成されるのか?本書で、リチャード・ドーキンスが、あらゆる生物の身体、行動、遺伝子が「死者の書」として読み取れることを説明する。
ドーキンスは、これらの遺伝子に刻まれた情報が生命の歴史を解明し、動物が長い年月をかけてどのようにして困難に適応してきたかを明らかにできることを示しています。
ドーキンスは、これらの進化パターンを理解することで、過去についての微妙な見方が可能になり、生命が障害を克服する過程における驚くべき連続性を理解できると主張しています。
この本では歴史を科学として捉えています。ドーキンスは常に歴史を科学だと考えています。例えば、考古学、古生物学、地質学、宇宙学などはすべて歴史的な科学として受け入れられています。
ダーウィンもまた、歴史的科学の最初の研究者の一人でした。彼は、進化を太平洋の島々のように「異なる種類の島」ではなく、「進化の過程の異なる段階」として捉えました。この本も同様に、現在の生物の姿を見て、その歴史を推測する試みです。
ドーキンスの考えでは、動物そのもの、特にそのゲノムは、祖先が生き延びた環境の歴史を記録した一種の書物のようなものです。現在の技術ではそれを読み解くことはできませんが、未来の科学者は動物のゲノムを読むことで、祖先の環境を理解できると考えています。
もちろん、その歴史は何層にも重なる「重書(パリムプセスト)」のようなもので、最近のものが古いものを上書きしています。
歴史が生物を形作る
歴史は生物を形作ります。これには、創造論者やインテリジェント・デザイン理論家と対抗する上での意味があります。生物は、知的な設計者によって上から設計されたものではなく、長い時間をかけて歴史が寄せ集めた結果のように見えるのです。
インテリジェント・デザインの支持者には、動物のあり方を理解するのは難しいでしょう。というのも、人間のエンジニアが設計する製品のように白紙の状態から始めるのではなく、進化はその時点まで到達したものを基に進めていくからです。
そのため、生物は意図的な設計というよりも、歴史の「寄せ集め」の結果と言えます。
パンダの親指の例
たとえば、スティーヴン・ジェイ・グールドが挙げた「パンダの親指」の例があります。パンダの親指は親指ではなく、手首の骨(橈側種子骨)が伸びたものです。
もし設計者が親指を与えるなら、こんな不格好な作りにはしないでしょう。これが設計の産物ではなく、歴史の産物である証拠なのです。
迷走神経の例
もう一つの例として迷走神経があります。この神経は脳から喉頭(声帯)に向かうべきですが、胸部まで下降し、大動脈の周りを回ってから再び上昇し、最終的に喉頭に到達します。
特にキリンや大型恐竜では、この迂回路は非常に長くなります。しかし、これは進化が歴史に縛られているために起こる不完全さの一例です。実際にキリンを解剖した際、迷走神経が声帯のすぐ近くを通り過ぎ、胸部まで下降して再び戻る様子を観察しました。
これは非常に非効率的で、キリンの鳴き声があまり力強くないのもこの構造の影響かもしれません。このような構造が進化した理由は、哺乳類の祖先が魚類であった時代に遡ります。
その当時、この神経は鰓弓に直結しており、迂回路はありませんでした。しかし、哺乳類が首を進化させ、キリンのように長い首を持つようになるにつれ、神経の迂回路が徐々に長くなっていったのです。
このような進化の過程では、神経を血管の上に飛び越えさせるような大規模な再配置はコストが高すぎたため、現状維持で少しずつ調整されていったのです。
もしエンジニアが設計したなら、このような構造はすぐに変更されるでしょう。しかし、進化は歴史の制約の中で進むため、そのような変更はできないのです。