バイオファンド Deerfield (ディアフィールド) の James Flynn (ジェームズ・フリン) が、ブルームバーグのジェニファー・ザバサジャと、2025年カタール経済フォーラム(ブルームバーグ主催)において、バイオテクノロジーの未来と、同分野が医療、イノベーション、そしてグローバルなウェルビーイングをどのように変革しているかについて議論しました。
今のバイオテクノロジーやバイオサイエンスの市場の雰囲気について
司会者 : 前のセッションではAIについて話していましたね。後ほどその話題にも触れますが、まずは、30年以上バイオテクノロジー分野で働いてこられたジムさんの視点から、今のバイオテクノロジーやバイオサイエンスの市場の雰囲気について、この場の皆さんに共有していただけると面白いと思います。
ジェームズ・フリン : それは、科学者なのか投資家なのかによって全く違います。今はその答えがほぼ正反対になっています。
科学の観点では、イノベーションは指数関数的に進化しており、私たちは今、その急上昇の局面に差しかかっています。理解しておくべきなのは、すべての病気は、生物学的なピースによって構成された有限のパズルだということです。
遺伝学はその多くのピースを私たちに提供してくれました。そして、遺伝子と密接に関係する病気に関しては、すでにほとんどのピースが揃っています。現在、世界中の大学がそのピースを次々にひっくり返して、はめ込んでいます。
パズルをやったことがある人ならわかると思いますが、完成に近づくほど、最後のピースをはめるのがどんどん簡単になります。今、科学はまさにその段階にあるのです。
今後10年から15年の間に、重要な病気が治るのは確実
ジェームズ・フリン : 今後10年から15年の間に、重要な病気が治るのは確実です。特定のがんには、1つの遺伝子変異しか関係していないものもあり、それらは比較的簡単に治療できます。
一方で、統合失調症のように100以上の関連遺伝子が関与する病気は、脳に関係するため、治療が難しくなります。つまり、病気によっては時間がかかるものもあれば、比較的早く治療できるものもあります。
投資家のセンチメント
ジェームズ・フリン : 投資家のセンチメントは、正直なところ、ひどいです。私はこの業界で36年働いてきましたが、バブルは3回見てきました。毎回、1〜2年で株価が2倍、3倍に跳ね上がり、その後の1〜2年で完全に崩壊して元の水準に戻ります。
私たちは過去数年間でまさにそのサイクルを経験し、今は崩壊後の再編成の時期に入っています。現在の株価は再び割安な水準にあります。ただ、米国では規制面での不透明感もあり、それが投資家を不安にさせています。
この時期はどれほど重要か?
司会者 : では、Deerfield の立場から見て、この時期はどれほど重要だと考えていますか?そして、これまでのようなバブルを繰り返さないために必要なことは何でしょう?
ジェームズ・フリン : バブルというのは、投機、金利、さまざまな要因が重なり、人々が誤った投資判断をすることで発生します。バブルの時期になるとIPO市場が開き、時期尚早でリスクが高く、資金を多く必要とする企業が上場してしまいます。
市場には持続不可能なビジネスモデルの企業があふれ、それらは最終的に淘汰される必要があります。これは単に「時間が必要」な問題です。また、企業の経営陣の期待も現実離れしていきます。
自社の製品の価値について過大評価するようになるのです。これらもリセットされる必要があります。多くは、「時間」が解決するものです。
Deerfield が投資している分野で、最も進展しているのは?
司会者 : いくつかの病気についてもお話しいただきましたが、Deerfield が投資している分野で、最も進展しているのはどの病気だと思いますか?
ジェームズ・フリン : やはり、遺伝子と密接に関係する病気ですね。多くのがんは非常に多様で、臓器ごとに異なるし、遺伝子変異もさまざまです。つまり、「がんを治す」といっても、実際には何百ものパズルを解く必要があります。
ただし、その領域では確実に進展があります。もう一つ重要なのが、データとソフトウェアが今まさに変革をもたらしている医療の提供方法です。今の医療は、たとえば心臓発作が起きた後の治療が主流です。
しかし、米国では年間300万件以上の心疾患手術が予防可能だと言われています。つまり、医療の中心を「病院での治療」から「家庭での予防」へと転換する必要があるのです。
家庭で使用できる医薬品やデバイスによって、そもそも心臓発作が起こらないようにする方向に進んでいくべきです。
AIとデータ
ジェームズ・フリン : この方向性を支えるのが、AIとデータです。今、AIは異なる種類のデータセットを統合する手段を一変させました。たとえば、病院に行けば、そこでは臨床記録が管理されていますが…
大規模な病院には何百万件もの臨床記録があります。その記録には「このような条件や背景を持つ人には、こういう処置をすると良い」といったことが書かれています。
ただし、これは非常に複雑なデータの集合体です。しかしソフトウェアによって、それをとても有効な形で統合できるようになりました。そして「このケアはどこで提供すべきか?」という問いに答えられるようになってきています。
ソフトウェアが予測的であれば、病院に行ったり、医師の直接介入を受けたりしなくても済む場合が多くなります。
Deerfield は病院も含めてヘルスケアバリューチェーン全体に投資して
司会者 : それはとても興味深い話ですね。Deerfield は病院も含めてヘルスケアバリューチェーン全体に投資していますよね。この変化は、インフラや病院のあり方にどのような影響を与えると考えますか?
病気を予防できるようになれば、病院に来る患者が減り、結果として病院の必要性も減るということですか?
ジェームズ・フリン : それは本当に難しい問題です。病院や医療システムは、医療イノベーションの多くの発見の場でもありました。一方で、非常に高コストであり、すでに発症した病気の治療に大きく依存しています。
このシステムは変わらなければなりません。そしてそれは、「イノベーターの勝負の場」になります。家庭で予防を可能にする新薬、新しいテクノロジーがカギになります。
だからこそ、ベンチャーキャピタルの観点からは非常にエキサイティングな時代なのです。なぜなら、医療システム全体が再構築される可能性が高いからです。
医療システム全体が再構築される可能性が高い
司会者 : それはどういう姿になるのでしょうか?
ジェームズ・フリン : 例えば、糖尿病のような病気を考えてみてください。体重管理の要素もありますが、目の問題、心臓の問題、皮膚の問題など、複数の要素が関わります。
患者が4つの専門医に4日間にわたって通わなければならないとしたら、実際にはそんなことしないでしょう。これが、慢性疾患がうまく管理されない理由の一つです。
単純に、「そこまでの労力をかけられない」のです。それよりも、自宅にある機器が大きな音でアラームを鳴らし、「今すぐ5分だけ何かをしなさい」と促してくれる方がずっと現実的です。
あるいは、テレメディスン(遠隔医療)で診察を受けられれば、多くの人がそれを選ぶでしょう。こういった仕組みによって、複数の専門医への通院が不要になり、医療が家庭に持ち込まれます。
その一方で、アクセスしやすくなり、費用も抑えられ、実現可能になります。
最終的に人々の健康や寿命が伸びることになりますか?
司会者 : それによって、最終的に人々の健康や寿命が伸びることになりますか?ジェームズさん、そうお考えですよね?
ジェームズ・フリン : はい、私は強くそう信じています。多くの人が「寿命(longevity)」について語りますが、私たちは「健康寿命(health span)」について話すようにしています。
つまり、何年生きられるかよりも、その生きている年数の「質」を高める方が、実現しやすいのです。だからこそ、毎年元気に活動できて、やりたいことができる状態を維持することが大切です。
これは確実に今後改善されていきます。
その改善は「今すぐ」始まっているのか?
司会者 : その改善は「今すぐ」始まっているのか、それともまだ先の話でしょうか?
ジェームズ・フリン : すでに始まっています。「今ここで」始まっていると思います。もちろん、いくつかの要素は制約を受けています。規制に縛られているものもありますし、価格設定の仕組みの影響もあります。
現在のインフラは、既存の保険償還制度に依存して構築されています。これらの制度は変化しにくく、抵抗が大きいでしょう。でも、医療費には「コストの方程式」があります。
人々は「手に入れられる限り消費し」、企業は「できる限り高く請求しようとする」。その結果、医療費は際限なく膨れ上がる可能性があります。これを変える鍵が、予防であり、家庭での対応への移行なのです。
これが最終的に起こるのは、時間の問題です。
変化を後押しするのに、最も適したモデルはどこにある?
司会者 : 政策も大きな要素ですね。世界各国で、医療政策は異なります。ジェームズさんが語っているような変化を後押しするのに、最も適したモデルはどこにあると思いますか?
ジェームズ・フリン : まず、「イノベーションを受け入れる姿勢」が必要です。そして、それに伴う「償還制度や規制の変化」を理解する必要があります。柔軟に対応できる仕組みを持ったモデルが必要です。
私は、多くの国がそうした柔軟性を持つ能力を持っていると考えています。もし「健康が本当に向上する」と信じられ、「そのコスト効果が明確」であれば、国は動くはずです。
ただ、その「証明」は、多くの国にとってまだ5〜10年先になるかもしれません。
なぜ時間がかかるのか?
司会者 : なぜそんなに時間がかかるのでしょうか?
ジェームズ・フリン : それは、現場にいれば分かるんですが、多くの人は実際にその成果を経験していないんです。だからこそ、社会全体がその変化を信じて受け入れるには、もっと多くのリアルな事例(現実の証明)が必要なのです。
トランプ2.0 による資金提供の引き締めについて
司会者 : 公的機関や政策レベルでの資金提供の引き締めについて、懸念はありますか?そのような動きが、今おっしゃっていたような進歩を妨げるリスクにはなりませんか?
ジェームズ・フリン : そうですね。NIH(アメリカ国立衛生研究所)の資金提供は、アメリカにおけるバイオメディカルイノベーションにとって、最も重要な要素のひとつです。
この資金があるからこそ、多くの “パズルのピース” が見つかるのです。そして私たち(民間)がそれらを集め、実用的な技術に変えていきます。今、そのNIH資金の中でも「間接経費(オーバーヘッド)」の削減が提案されています。
これは、研究の土台となる活動に使われているもので、イノベーションにとって非常に重要な役割を果たしています。この分野への投資は、長年にわたって非常に大きなリターンを生んできました。
ただし、それは年単位で測るのではなく、“数十年単位” で測るべきものです。その視点で見れば、この投資の価値は絶大です。私は、最終的には妥当なところに落ち着くと思っています。
確かに、今の制度はあまり精査されてこなかった側面もあり、一部の機関に対して過剰なオーバーヘッドが支払われている可能性もあるでしょう。なので、「支払うべき金額はいくらか?」という議論は妥当です。
ただし、着地点は “合理的な水準” にする必要があります。
それについては楽観的に見ている?
司会者 : それについては楽観的に見ていますか?
ジェームズ・フリン : はい、私は楽観的です。バイオメディカル・イノベーションはあまりにも重要すぎます。最終的には、様々なステークホルダーを巻き込んだ強力なロビーが存在しますし、そういった重要性は広く認識されているはずです。
どの政権でも、「予算を見直そう」と言って医療費を削ろうとします。でも、毎回それは非常に困難な議論になります。
なぜなら、イノベーションは必要であり、病気は治したいし、それをもっと安く提供したいという思いがある一方で、「今すぐにその費用を払いたくない」という現実もあるからです。
そうした綱引きは、医療の需要が尽きない限り、永遠に続くでしょう。
医療費が爆発的に増えるリスク
司会者 : 国や地域によって医療の政策は異なりますが、その違いが進歩の妨げになる可能性もあるのでしょうか?医療費が爆発的に増えるリスクもありますよね?
ジェームズ・フリン : 確かに、そういったリスクはあります。ただし、人々は病気のない人生を望んでいます。長く健康でいたい、という希望はどこにでもあるものです。
だからこそ、イノベーションはアクセス可能で、かつ手頃な価格であるべきなのです。たとえば薬価を見ると、確かに上昇しています。でも、予防によって、医療費の “その他の部分” は削減可能です。
薬の費用は医療費全体の20%にすぎません。残りの80%はインフラや人件費などが占めています。仮に薬の費用が急増しても、他の部分が同じ比率で削減されれば、全体としてはバランスが取れるのです。
これが、医療経済の “方程式” を成立させるカギになります。そして、誰だって心臓発作を起こして手術を受けるより、薬を飲んで予防したいと思うはずです。
今後5年、10年で私たちの医療はどう変化する?
司会者 : ジェームズさん、今見られている投資や技術革新を踏まえて、今後5年、10年で私たちの医療はどう変化すると思いますか?
ジェームズ・フリン : 私は、今後10年以内にソフトウェアがほとんどの診断を担うようになると信じています。現時点でも、ソフトウェアは多くの医師よりも高い精度で診断を下せます。
たとえば、かかりつけ医があらゆる病気——とくに希少疾患まで含めて正確に診断するのは非常に困難です。すべての診断パスを正しくたどれる可能性は低い。
一方、大規模言語モデル(LLM)なら、膨大な医学知識が埋め込まれており、それが可能です。つまり、今後は「最初の診断」自体がAIに置き換わる時代になると思います。
現在は複雑な病気に対してセカンド、サード、フォースオピニオンを取るのが普通ですが、それは人間が不完全であり、バイアスがあるからです。AIにはそれがありません。
この変化は極めて重要になります。そして、患者にとってアクセス可能になるのもポイントです。自分や家族の身に何か起きたとき、医師に行かなくてもAIに相談できるインターフェースが登場するでしょう。
もちろん、これを実現するにはいくつかの障壁を乗り越える必要があります。ですが、私は15年後には、がんという病気の多くが「過去のもの」となると信じています。
医療従事者の役割はどうなる?
司会者 : 「がんが過去のものになる」というのは驚きですね。でも、それに伴って、医療従事者の役割はどうなりますか?寿命や健康寿命が伸びたとしても、医師や看護師、研究者の役割は残るのでしょうか?
ジェームズ・フリン : それ(医師や看護師の役割がなくなること)は、ずっと先の話になるでしょう。むしろ今は、そういったインフラがさらに必要とされています。
アメリカでは、医師も看護師も不足しています。そして、その仕事は必ずしも楽しいものではない。非常にストレスが多く、現場の医師や看護師たちも、「いま医療が大きな変化の時期にある」と感じているでしょう。
実際、看護師の業務の40%は、LLM(大規模言語モデル)によって代替可能です。その多くは、記録作業や情報検索といったものです。つまり、AIを活用すれば、看護師の負担を大幅に軽減し、病院運営の効率も高めることが可能になります。
パンデミックも将来的には “過去のもの” になる?
司会者 : では、パンデミックも将来的には “過去のもの” になるのでしょうか?
ジェームズ・フリン : それは難しいと思います。なぜなら、私たちは常に自然界との新たな接触(インターフェース)を作っているからです。ウイルスや病原体は時間とともに変異し、完全な予測はできません。
ただし、対応ははるかに早くなっていくはずです。たとえば COVID-19 の際には、以下のようなツールが一気に活躍しました:
・抗体
・mRNA
・スモールモレキュール(低分子薬)
・遺伝子治療
・遺伝子編集
こうした有効性のある手段を組み合わせることができれば、パンデミックの期間は短縮できるでしょう。ただし、完全になくなることはないと思います。
Deerfield の投資ポートフォリオについて
司会者 : そうならないことを願いますね。では最後に、Deerfield の投資ポートフォリオについて教えてください。今、特に注目しているものや、次に目指していることはありますか?
ジェームズ・フリン : Deerfield では自社のラボを持ち、独自の医薬品を開発しています。現在、25の新薬を自社で開発中です。
最近では、SHANK3遺伝子が欠損している2歳の自閉症児に投与を行いました。この遺伝子異常が自閉症の原因であり、初回投与は安全に行われました。
私たちは、重要性が高く、今後さらに注目される病気に焦点を当てて、一歩一歩確実に進んでいます。また、ソフトウェアの変革力にも注目しています。これは医療の提供方法を根本的に変えていきます。
そのため私たちは、保険会社とも連携し、「いかに安価で最高のケアを提供するか」というテーマにも取り組んでいます。
たとえば、GLP-1受容体作動薬は体重を減らすだけでなく、他の多くの慢性疾患にも良い影響を与えます。これが何を意味するか?——それは非常に複雑な問題であり、今まさにソフトウェアが個人単位での最適解を導き出す手助けをしています。
まだ明確な答えは出ていない部分
司会者 : つまり、まだ明確な答えは出ていない部分もあるのですね?
ジェームズ・フリン : その通りです。今後15年は、発見と進展の時代になるでしょう。
成長の鍵は?
司会者 : その成長の勢いを維持するには、何が鍵になるでしょうか?
ジェームズ・フリン : それは情報(インフォメーション)です。遺伝子情報や、バイオロジーの “パズルのピース” がなければ、たとえプラットフォーム技術があっても、そこに到達することはできません。
特に、統合失調症のような非常に複雑な脳の病気や、アルツハイマーのような大規模なパズルには、さらなる研究が必要です。人間の “頭蓋骨の内側” にある問題ほど、規模が大きく、複雑で、時間がかかるのです。
保険会社について
司会者 : 保険会社についても少しお聞きしたいのですが、彼らは本当にこの流れに乗るインセンティブがあるのでしょうか?短期的には、むしろ損をするのでは?
ジェームズ・フリン : そうですね。保険会社は、ある意味で「予測に基づいた料金」を設定しています。つまり、「これぐらいの治療費がかかるだろう」と予測して、保険料を請求します。
一度その保険料率を決めたら、彼らは実際の治療費に非常に敏感になります。短期的には、コストの高いものには消極的です。でも長期的には、慢性疾患の流れ(コスト増加)を変えるものには前向きです。
治療コストがこのライン(高)だったのを、薬や予防でこのライン(低)にできれば、次はさらに安い保険料で済むようになるわけです。
つまり、私たちが話してきたすべてのツールや新薬は、この「コストの曲線を変える」ための手段です。だから、保険会社も基本的にはポジティブな変化の一部になっていると思います。