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J&J の「SPRAVATO®」が示す TRD (治療抵抗性うつ) 薬の普及余地とは?

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J&J の「SPRAVATO®」が示す TRD (治療抵抗性うつ) 薬の普及余地とは?

J&J 傘下の Janssen が自社開発して2019年に米FDAが TRD(治療抵抗性うつ)で承認した経鼻スプレーで、その後、急性自殺念慮を伴ううつでも適応拡張しています。

このサイケデリック薬「SPRAVATO®」が四半期ベースでも好調。年率換算の売上ランレートは約20億ドルに接近しています。Q3’25の世界売上は4.59億ドル(米国4.05億ドル)、前年比+61%。単純年率(Q3×4)は約18.4億ドル。2025年通期は約17億ドルの見込みです。

「SPRAVATO®」はサイケデリック(幻覚剤)そのものではありません。有効成分は esketamine (エスケタミン) で、NMDA受容体拮抗薬=いわゆる解離性麻酔薬(ケタミン系)。服用時に解離感・知覚変容が起こりうるため「サイケっぽい」「psychedelic-like」と呼ばれることはありますが、クラシックなサイケ(LSD/シロシビンのような5-HT2A作動薬)とは機序が異なります。

「SPRAVATO®」の特徴

投与形態:クリニックでのREMS管理下・監督投与(自己持ち帰り不可)。投与後少なくとも約2時間は院内で観察。
作用の考え方:NMDA遮断→グルタミン酸放出↑→AMPA経路活性化・シナプス可塑性の促進が抗うつ効果に関与と考えられています。
用語の混同に注意:臨床運用(監督付きセッション等)がサイケデリック補助療法の運用モデルと似ているため「サイケ的」と表現されがちですが、薬理は別系統です。

サイケ/サイケ類似薬で、米国で広く承認・販売されているのは実質「SPRAVATO®」だけ

ケタミン系(解離性麻酔薬)で、うつ向けの承認薬として商業的に成功している例は「SPRAVATO®」が唯一です。MDMAやシロシビンは米国では未承認ですが、一新されたFDAはサイケ薬に前向きという噂があります。

MDMA支援療法は2024年にFDAが承認を見送り、その詳細が2025年にCRLとして公表されました。豪州では2023年から条件付きでMDMA/シロシビンの処方が可能になりましたが、特定医師による限定的アクセスで、ブロックバスター規模の商業展開ではありません。

“承認済み×商業的成功” という条件を満たすのは今のところ「SPRAVATO®」のみです。他候補は規制面の壁(米国)や限定的スキーム(豪州)に留まっており、本格販売は承認後(例:COMP360)まで待ちの状況となっています。

介入型精神医療の定着

発売以降の累計投与が米国で10万人超という事実から、「クリニックでの監督下投与・観察を伴う治療モデル」が持続的に拡大しているようです。J&Jの四半期資料は「SPRAVATO®」伸長を強調しています。

TRD の普及余地が大きい

TRD(治療抵抗性うつ)推定患者 ~300万人に対し、治療到達は約3%に過ぎないという見立て。つまり、保険・供給・実施施設の拡充でまだ上振れ余地があります。

次世代 “サイケデリック” 治療の滑走路

「SPRAVATO®」で整備された REMS(リスク管理)、監督下投与、CPTモニタリングコード等のインフラは再利用可能です。

そのため、ATAI Life Sciences (ATAI) の「BPL-003(5-MeO-DMT系)」や Compass Pathways (CMPS) の「COMP360(シロシビン製剤)」など次世代パイプがケア・パスウェイを最初から作らずに転用・展開できるはずです。

【ATAI】ATAI Life Sciences カタリストとロードマップ

【CMPS】Compass Pathways カタリストとロードマップ

またピーク売上到達が早まるという読みもあり、実務的には施設認定・スタッフ訓練・保険請求ユニットエコノミクスがカギとなります。このようなケア体制の前例は、REMS管理・監督投与・クリニック常設という “場” が全米で整備されつつある(SPRAVATOが年率~$1.7–1.8B規模まで伸長)ということです。

「監督下の中枢作用薬×うつ治療」は商業的に成立するという実績となります。このような背景もあり、Compass Pathways は、25年Q3の決算報告で、「COMP006」の登録完了と9月の FDA Type B 協議を受け、商品の発売準備を9–12か月前倒ししたことを発表しました。

「SPRAVATO」と「COMP360」の違い

「SPRAVATO(エスケタミン)」は短時間・高頻度(院内観察~2時間)ですが、「COMP360」は1回当たりのセッション時間が長い(心理的サポート前後を含む)です。キャパの考え方が違うため、同じ “部屋数” でも回転率は低くなる可能性があります。

エンドポイントと償還は、Ph3 で示すべきは効果の深さと持続(MADRS、寛解率、再燃抑制)+付随コストを含む価値。「SPRAVATO」の実績は追い風だが、セラピー同伴モデルのコスト/訓練をどう保険で回すかがカギです。

「SPRAVATO」の “定着証明” は市場の受容性を示す一方、psilocybin は 5-HT2A 作動で体験強度が高いです。患者・施設の適応選別と教育がより重要になる点にも注意が必要です。

好調な「SPRAVATO®」の売上が示すのは?

実臨床での監督下・外来介入モデルが商業的に成立しつつある(ユニットエコノミクスが回る)ことを大型実績(~$1.7–1.8B)で示した点は、現在後期臨床で続く、ATAI、CMPS、MNMD、GHRS の商業化仮説の追い風となります。

残るボトルネックは、施用キャパシティ(部屋・スタッフ)、REMS運用の負担、保険償還の拡充、治療継続率。「SPRAVATO®」の成功がそのまま全ての “サイケ薬” に転移するわけではない点でしょうか。

差別化の軸としては、効果の深さ/持続、セッション頻度、総コスト、患者/ペイヤー負担、セットアップの簡便さ。経口や持続効果が長い製品はキャパ稼働効率で優位を取り得ると思います。

要するに、「SPRAVATO」の成長は “介入型うつ治療の地ならし” と言えます。皇族の CMPS などが Ph3 で強いデータ→適切な償還設計を取れれば、期待値は確かに高いでしょう。ただし運用(人・時間・空間)の摩擦を数値で潰せるかが勝負どころになります。