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MDD (大うつ病性障害) 治療薬の開発はなぜ難しいのか?

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MDD (大うつ病性障害) 治療薬の開発はなぜ難しいのか?

MDD (大うつ病性障害) 治療薬の開発はなぜ難しいのでしょうか?2024年に MDD を対象とした2つのバイオ企業、Alto Neuroscience (ANRO)、Neumora Therapeutics (NMRA) がカタリストとなる重要な臨床試験で失敗を発表しました。

Alto Neuroscience は「精密精神医療」を掲げるバイオマーカー選択型の非サイケデリック小分子(例:ALTO-100 など)を開発しており、2024年の MDD 向け「ALTO-100」Phase 2b は主要評価未達でした。

Neumora Therapeutics は、主力薬「navacaprant(NMRA-140)」はκオピオイド受容体(KOR)拮抗薬で2025年1月、MDD の Phase 3(KOASTAL-1)で主要評価未達が公表されています。

同クラス薬では J&J のκオピオイド受容体(KOR)拮抗薬「aticaprant」も、2025年3月6日に Phase 3「VENTURA」プログラム(抗うつ薬への併用)を中止すると発表しています。

理由は「対象集団で有効性が不十分(insufficient efficacy)」。安全性では新たな懸念は認めずと説明しています。

J&J「aticaprant」の中止

J&J の MDD を対象にした Phase 3「VENTURA」プログラム(抗うつ薬への併用)、VENTURA-1(NCT05455684)/VENTURA-2(NCT05550532)は、いずれもSSRI/SNRI継続下での併用療法として、中等度~重度のアネドニア(快楽消失)を伴うMDD患者を対象に 10 mg 1日1回、約6週間(DB期43日)で検証。主要評価はうつ症状の改善(例:MADRS変化量)で設計されています。

VENTURA-LT(長期安全性/有効性)や追加の第3相も含め、プログラム全体は複数試験から成る枠組みでした。

なぜ期待されたのに失敗した?

KOR過活性は抑うつ/アネドニアに関与するという強い前臨床・臨床初期の根拠があり、第2相段階では症状改善シグナルも報告されていました。しかし後期試験の大規模集団(難治寄りのaMDD、アネドニア高値)では、臨床的に十分な差を安定して再現できず、「有効性不十分」の判断。

安全性は良好とされています。J&Jは他適応での可能性探索を継続する意向を表明しています。

MDD 治療薬の開発は、試験が大きく・広くなるほど埋もれやすい疾患領域

以上のように、ざっくりと直近の Alto Neuroscience、Neumora Therapeutics、J&J の MDD 領域の開発失敗の事例を見ていくと、MDD は “スモールで見えた効果” が、試験が大きく・広くなるほど埋もれやすい疾患領域だということが分かります。

Alto Neuroscience、Neumora Therapeutics、J&J のケースも、フェーズ進行に伴う被験者数・サイト数の拡大で難しさが顕在化した典型と考えられます(個社固有の要因もありますが、構造要因の影響が大きい)。

なぜ大規模化で “効きづらく” 見えるのか?

メカニズム スモール試験(P2など) ラージ試験(P3など)で起きること
プラセボ反応の上振れ 施設・評価者が限定され管理しやすい 施設/国が増えるほど期待効果・関与度・文化差でプラセボが上振れし、群間差が縮む
評価者ドリフト コア評価者で訓練が行き届く 多数の評価者で一貫性低下(MADRS/HAMDの運用差、面接時間差)
組入れの純度低下 症状プロファイルが比較的均質 登録を加速するために“境界例”が混入(真のMDD・真の抵抗性の割合が希釈)
エンドポイントの“ノイズ” セットアップが統一的 言語/文化/医療慣行差でPRO/面接式のばらつき増大
併用薬・増減薬の複雑化 併用は少数で管理可能 多剤併用・減薬・救済治療の運用差が増え、解析集団が複雑に
効果サイズの回帰 初期シグナルは“最大想定”が出がち 回帰‐平均+出版/選択バイアスで、後期は効果サイズが25–50%縮小しやすい
サイト品質のばらつき ハイ・クオリティサイト中心 高登録サイト=評価が粗い傾向が混じり、シグナル‐ノイズ比が低下
デザイン切り替えの影響 単剤・短期など“検出向き”が多い 併用(adjunctive)・長期維持など現実的だが検出が難しい設計へ
KOR拮抗薬(NMRA・J&J)はクラス全体で Ph3 が伸び悩んだことから、上記の “検出困難化” に加え機序としての臨床効果が小さい/不安定という仮説も成り立ちます。バイオマーカー選択を掲げた ANRO は、層別化の有効性が大規模化で希釈された(測定誤差・適用範囲の過大想定)可能性が典型論点です。

設計・運用の宿命的ハードル

・プラセボ反応が高く変動する

施設間の評価ばらつき、被験者の期待、診察頻度と関与度合いで有意差が “薄まる”。NMRA の「navacaprant(KOR拮抗薬)」のP3(KOASTAL-1)は主要・副次とも未達で、プラセボと差がつきませんでした(383例)。

同クラスのJ&J aticaprant も有効性不足で中止に至り、KOR拮抗薬クラス全体の難しさが露呈しました。

・疾患の不均質(ヘテロ)

MDD は病態が幅広く、症状プロファイル・併存症・過去治療歴が混在。Alto の「ALTO-100(小分子)」はバイオマーカーで層別化したP2bでも主要評価未達でした(安全性は概ね良好)。

層別化が “本当に効く層” に届いていない可能性や、指標と臨床エンドポイントの乖離が示唆されます。

・評価指標の “揺れ” とブラインドの脆弱性

MADRS/HAMD の面接式評価は評価者訓練・中央評価が欠かせない。一方、期待効果が伝播しやすく、特にサイケデリック系では “ブラインド破れ” が効果検出を歪めうる(※NMRA/ANROは非サイケデリックですが、MDD全般の難点として重要)。

・被験者プールと併用薬の複雑性

多剤併用・増減薬の取り扱い、脱落、救済治療などで解析集団が複雑化。TRDや長期維持を要求されると**登録の遅延・脱落↑**で統計パワーも揺れます。

どうすれば “スケールの罠” を避けやすいか

① 組入れの純度を守る
・“十分量・十分期間”の治療歴(≥2レジメン失敗等)を客観データで裏取り(薬局データ、処方記録、ATHF など)。
・中央スクリーニングで境界例を排除。プラセボ run-inの是非を事前に試算。

② 評価の中央化・品質管理
・評価者トレーニング+認定、中央評価(remote video再採点)、同一評価者維持。
・サイトメトリクス(面接時間、ばらつき、天井/床効果)で低品質サイトを早期テーパ。

③ デザインと統計
・イベント駆動の維持試験など、急性+維持の一貫性を確保。
・事前に効果サイズ縮小を織り込んだサンプルサイズと層別化因子の厳密化。
・解析はMMRM+欠測パターンの感度解析、サイトをランダム効果として扱う。

④ 併用薬の扱い
・併用前提なら増減薬のルール(安定化期間・変更禁止期間)を明確化。
・離脱症状・救済治療の事前規定で“解析汚染”を回避。

⑤ オペレーション
・登録“早すぎサイト”や“多産サイト”はオンボーディング後に監査強化。
・文化/言語差を想定した翻訳・面接ガイドを事前パイロットで検証。

⑥ 機序に沿ったエンドポイント
・例:アネドニア中心なら DARS/SHAPS 等の事前層別・補助評価を組み込み、MADRS総点のみ依存を回避。
・応答/寛解率・機能/QOLも併記して臨床意義を可視化。

それでも近年の「成功」例はある?

・Auvelity(デキストロメトルファン/ブプロピオン、AXS-05)

MDD 向け “初の迅速作用性経口薬” として2022年FDA承認。NMDA/σ1 経由の新機序で、発現までの速さが差別化要素。

・Esketamine(Spravato)

2019年にTRDで承認済み。2025年1月に米国で “単剤” としての使用ラベル更新(これまでは経口抗うつ薬併用が前提)。医療機関投与・モニタリング要件など実装設計を伴った普及が続いています。

・Exxua(ゲピロンER, Fabre-Kramer)
Fabre-Kramer Pharmaceuticals の「Exxua」は、5-HT1A 選択的アゴニストとして2023年9月に成人MDDで承認。従来薬と異なる機序の新規経口選択肢。

・Vraylar(カリプラジン, AbbVie)
AbbVie の「Vraylar」は、2022年11月にMDDの補助療法(併用療法)で承認。ドパミンD3/D2偏向作動の抗精神病薬をMDDに“加える”戦略の成功例。

「SPRAVATO」は MDD “自殺念慮/行動を伴う急性期” での適応も既に保有(併用前提のラベルからの拡大)。一方、「zuranolone」は PPD(産後うつ)では2023年承認あるも、MDD では不承認で成功に含めにくい状況です。

勝ち筋はどこにあったのか?(共通項)

“誰に効かせるか” を臨床的に定義:TRD定義の厳密化、過去治療歴の裏取り、併存症の制御。
“どう測るか” を統一:評価者トレーニング、中央評価/リモート再採点、施設ばらつき補正。
“どう使わせるか” まで先に作る:REMS相当の体制、投与プロトコル、治療者トレーニング、償還モデル。
機序の“新しさ”+“実装可能性”の両立:Auvelity(経口・迅速)、Spravato(医療監視下での確実な提供)、COMP360(心理支援含む“治療パッケージ”)。

MDD 薬の成功例と未達例の比較表

企業 / 薬剤 作用機序 対象 / 試験段階・デザイン 主要評価 用法・投与 安全性 / 規制上の特徴 補足・学び
Axsome / Auvelity
(デキストロメトルファン+ブプロピオン)
NMDA拮抗(DXM)+DAT/NET阻害(BUP)など多機序 MDD:第3相(GEMINI等)ランダム化二重盲検|AXS-05 vs ブプロピオン 達成(6週でMADRS差有意、早期改善) 経口、固定配合ER錠 2022年FDA承認。主な有害事象:めまい/悪心等。急速発現の経口初承認薬の位置付け。 経口・在宅で使える利便性と多機序が奏功。急性効果→寛解導入の設計が明確。
Fabre-Kramer / Exxua
(gepirone ER)
選択的 5-HT1A 受容体部分作動薬 MDD:承認済み(過去のP3 RDBPCの統合エビデンス) 承認(複数試験でMADRS/HAM-D改善を示唆) 経口ER、1日1回。漸増投与推奨 2023年FDA承認。自殺リスクに関するクラス警告あり。REMS不要 SSRI/SNRIと異なる機序。性機能副作用の軽減可能性が注目点
AbbVie / Vraylar
(cariprazine)
D3/D2 受容体部分作動(5-HT1A部分作動/5-HT2A拮抗も) MDD:補助療法としてP3 RDBPCを実施 → 承認済み(併用デザイン) 達成(低用量1.5–3 mgでMADRS有意差) 経口、1日1回。ADに併用 2022年にMDD補助療法適応をFDA追加。主な有害事象:アカシジア、錐体外路症状 等 D3優位の部分作動で陰性症状・意欲面への寄与が議論。用量設定とアカシジア管理が鍵
Gilgamesh / bretisilocin
(GM-2505)
短時間作動のセロトニン作動薬:
5-HT2A/2Cアゴニスト+5-HT放出(2Bは部分作動/拮抗報告)
MDD:第2a RDBPCで陽性シグナル(ASCP 2025)→ 後期段階へ移行計画 第2aで抑うつ症状の有意改善を報告(詳細は学会発表ベース) 静注。1セッションで60–90分の短い精神作用(施設内標準化運用) 治験薬(未承認)。2025/8にAbbVieが最大約$1.2Bで取得発表 セッションが短く、施設滞在・人員負荷を低減しやすい設計。短時間型サイケデリクスの実装性を検証
Alto / ALTO-100 非サイケデリック小分子(「精密精神医療」バイオマーカー選択) MDD:第2b、ランダム化二重盲検 未達(主要評価非達成を公表) 経口 バイオマーカー選択でも再現性確保が難しい。症候の不均質性やプラセボ反応が課題。
Neumora / navacaprant
(NMRA-140)
KOR拮抗薬 MDD:第3相(KOASTAL-1) 未達(2025年1月に主要評価非達) 経口 KOR拮抗クラスはJ&Jのaticaprantも後に中止。クラス妥当性に疑問。
J&J / aticaprant KOR拮抗薬 MDD:第3相(VENTURA等) 開発中止(2025年3月、主要評価などを受けて) 経口 大規模化で効果サイズ縮小/プラセボ上振れが露呈。KOR拮抗の転帰不良が相次ぐ。

まとめ

MDD は臨床開発が最難関級。プラセボ反応の高さ、ヘテロ性、評価の揺れ、運用の複雑さが重なる。ANRO/NMRA の失敗は個社固有の問題だけでなく、MDD 領域の構造的な難しさを表しています。

つまり、近年の MDD の成功は「グルタメート系(NMDA/σ1)や 5-HT1A など “非SSRI系” の新機序や投与形態の多様化」にあります。Auvelity はその代表格ですが、SPRAVATO の単剤適応拡大や Exxua の承認、Vraylar の併用承認も実臨床の選択肢を広げた重要な進展です。