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未来に背を向けて後ろ向きに前進する、白井晃の「明日への言葉」

source : NHKラジオ らじる★らじる

NHKのラジオ深夜便の4時台「明日への言葉」に、KAAT神奈川芸術劇場の前芸術監督、演出家で俳優の白井晃さんの回が非常に面白かったので、こちらでラジオで話されていた内容を一部抜粋してご紹介します。

白井晃「明日への言葉」

白井晃さんは2021年4月に、これまで7年間務めた、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を退き、芸術監督の座を長塚圭史さんにバトンタッチしています。

白井さんの「明日への言葉」を聞いていて、自分のことを深く鋭く洞察しており、歳月の経過と共に怠惰になってしまう自分、見慣れた景色の中でぬるま湯に浸って進化が止まってしまうことへの危惧、それを自分の感覚で感じ取り、「いかん、いかん」と自分を奮い立たせて、前に進もうとする姿勢。

前に進みたくても前に進めない人は沢山いると思います。私もその一人であり、慣れた場所から飛び出すことは勇気がいることです。それでも自分の可能性を信じて、後ろ向きでも良いから未来に向かって前に進もうと繰り返しているのが、白井晃さんという人物です。

私もここ数年時間の経過を大いに感じています。周りを見渡すと結婚したり、子供ができたりと、ライフステージを順調に歩んでいる人。5年、10年経っても堂々巡りで、その場所に居続ける人。私はどちらかと言うと後者であり、どれが正解ということはありませんが、”何を変えたい、変えなければいけない” と焦ることが多くなっています。

白井さんがラジオで話していたことは、私のような前に進みたいけど進めない大勢の人にとって、ヒントになるようなメッセージが含まれています。実際にラジオで聞くのと、本文を読むのとでは雲泥の差がありますが、手紙を瓶に入れて、インターネットの海に流すような思いでここに記します。

驚いたこととに、Google で「未来に背を向けて後ろ向きに前進する」と検索しても、それらしい検索結果が出てこないのです。このご時世に、ネットに落ちていない言葉があるということにも驚きました。

それではラジオ深夜便「明日への言葉」2021年10月4日に放送された、白井晃さんの回を、気になった部分だけですが、文字起こしたインタビューをお届けします。

退き際の美学

(KAAT芸術監督を退いたことについて)

白井さん:

7年というのは非常に濃密な時間でしたし、KAAT神奈川芸術劇場というのは開館して10年なんですね、まだまだ若い劇場なので、そしてまた東京と微妙な距離感にありましてですね、どんどん面白いことを発信して、ちょっと東京の劇場ではできないようなことを、新しい舞台表現だとか、そういったようなことを打ち出していきたいと思ったので、この劇場にはもっと新しい血が必要じゃないかなということを痛感しましてね、

それで次期監督にバトンタッチしようと、自分で決意したときには自分の能力も含めて、今後あと僕が5年更に監督をやっていくことは、多分自分自身のなかでも慣れが生じてしまいますし、そして何でもそうだと思うんですけど、5年くらいとか7年くらいやっていると、この風景に慣れてきますし、自分のいる場所にも慣れてくる。それが一番怖いなと思った。

また劇場スタッフとの関係という意味でも、馴れ合いとは言いませんけど、どこか妥協線を見つけやすいという風になっていってしまうので、できるだけ慣れがこないある程度信頼関係の中でも緊張感保ちながらやりたいと思ったんですね。

それで、いやこれは変わった方が良いなあと思いまして、劇場の館長に5年の任期がきたときに、新しい艦長に代わった方が良いと申し上げて、かなりそのことを主張して、新しい血をどんどん入れていくべき劇場だということで、そのようにご指摘させて頂きました。

劇場は人が集まる広場

白井さん:
劇場は人が集まってこそ価値があるものだ、という信念でやってきましたし、それこそ僕たちの先輩にあたる演劇人である方々も、例えば佐藤信さんが、世田谷パブリックシアターの初代芸術監督だった佐藤信さんとかが、今でも看板が残ってますけど、劇場は広場である、っていう風にそういう一つのスローガンを掲げられて、

劇場にはできるだけ人が、色んな人が集まって、そこで表現行為がなされてみんなが共有するっていう、そういう場所であるっていう意味では、まずはプログラムを充実させて、沢山の人に来てもらうということを目指したんですね。

でもそれはですね、沢山のプログラムを作るということは、それなりに資金もいりますし、そして尚且つマンパワーもかかることなので、7年間劇場のみなさんには苦労をかけましたし、すったもんだ色々議論もしましたし、喧々諤々やっていました。

未来に背を向けて後ろ向きに前進する

インタビュアー:
「白井さんのこれまでのことを振り返ると、大学を卒業されて広告代理店に勤務され、その傍らお芝居も続けてらして、劇団も主催され、広告代理店もお辞めになって、

劇団に専念し、で、その劇団も離れて、まあ新しいってことに挑戦され、そういった転機みたいな、節目節目で何か過去のものを全部捨てるという訳ではないでしょうけど、

活かしながら前に前に進みになってるような気がして、常にスパッとこう離れられるというのは、何かそこに感みたいなものがお有りになるのか?」

白井さん:
そうですね、それもやっぱり芸術監督を1期で辞めようと思ったのも、「あ、危ない」という感が働いたのもあります。多分いつもそうだと思うんですけど、

劇団やってきた時も、「あっ」これ以上続けていると、続けるための表現、続けていくために続けているっていうようなことに陥ってしまうんじゃないか、という危機感が、ふっと、カンパニーのみんなの様子や、

そして劇場に来て頂く劇団に対するファンとの関係っていうのを見た時に、閉じ始めちゃってるって思った瞬間に、「危ないっ」と思って、そうやってファンを作ってきたのに、そこで辞めるのはもったいない、って仰って頂く方もいらっしゃったんですけど、

自分だけじゃなくて劇場も、このまま僕が5年続けたら劇場も慣れていってしまう。っていう危機感とか、僕自身も段々段々妥協し始めちゃう、っていう、それが何となくいつも感として働いてきてしまって、

人間って5年やると慣れちゃう。新しい風景だったものが段々慣れた風景になってしまって、ほんとは前からそこはおかしな部分だなって思っていても、5年経ったらそれが当たり前の現実になってしまう、というものがあるものですから、

それが一番まずいと思ったので、自分で逃げ出すという訳じゃないですけど、何か視線を変えていかないといけないかな、と思って、まあ

カッコ良く言えば、1回自分を更地に戻してみて、そこで一体あなた何ができるの?って自分に問い質してみようと思っていたら、誰にも求められなくなったら怖いという思いがあるから、色々お話しいただいたのを受けていたら、今年めちゃくちゃ忙しくなってしまった。

インタビュアー:
「凄く沢山今年はやってらっしゃるってイメージはあるんですけれども」

白井さん:
それがどこまで今度やっていけるかってことも、自分でトライになりますし、その中でやっぱりそうじゃなくて、自分がやりたいものはこれだったんだっていうものが見つかるかもしれませんし、そうした時にまた新たな展開を作れるかもしれないと思うかもしれません。

それこそ本当はですね、自分でカラっカラっカラっと船を乗り換えていくみたいに、
さっぱり決別していけるかと言うと、全然そんなことなくて、ほんとはめちゃくちゃ未練たらしいんですよ。

インタビュアー:
「そうですか」

白井さん:
ムッチャクチャ未練たらしいですよ。
未練たらしくて、未練たらしい自分を知っているからなのかも知れません、やっぱり今でも KAAT 辞めましたけど、KAAT のこと気になってしょうがありませんし、頑張ってるかな、どうなってるかな?お客さんついてくれてるかな?とかお客さんどんな風になっているかな〜とか、長塚くんが次どんな新作出すのかな〜、まあ全部新しくなってから見に行ってますけど、

気になったりとか、劇団辞めたときも、劇団の活動を一旦ピリオッドを打ったことに対して
ずっーーと本当にこれで良かったんだろうか?本当にこれで良かったんだろうか?っていうことは常に考えていた。常に考えていながら、前に進まなきゃいけないなと思っていたので、

これは KAAT にいたときにもみなさんに言った言葉なんですが、
これはある表現者の言葉をお借りしたんですけど、

未来に背を向けて後ろ向きに前進するっていう。未来に背を向けながら、過去を見ながら、でも前に進む。その言葉を山本耀司さんが言われてた。山本耀司さんが言われて、その言葉に非常に感銘を受けましてね。未来に背を向け、後向きに前進する、それは過去を見ながらだっていうことだと思うんですけど、

時間というものの積み重ねを見ながら、それでも新しいものを更に更に積み込んでいくために前進していくという、正になんか、その感覚が自分にはあるように感じている。未練たらしいというのもそういうことかもしれませんけど、過去を見て、常に前を見てと仰って頂いているんですけど、じゃあ前を見ているからといって、何か目標値があってですね、例えば、僕は次に KAAT か何かの芸術劇場の芸術監督辞めたから

次は海外に飛び出していって活動してみたい、とか更に全国で劇場を相手にして何かやりたいとか、そんな具体的なことは一切ない。

更地にしてるだけで新たな出会いがあったりとか、するかもしれないし、そういうことを一回更地にしないと、それが生まれないからという思いだけでやってるので、具体的なこう、自分が65歳の時に何をやってて、70のときにはどこまでいってて、75では、80では … というような具体的なヴィジョンなんか何もない、何もなくて今やらしてきて頂いたことの上に何か積み重ねられていくことために一回更地にするってことの繰り返しをしてきた。

白井さんの人生哲学

ラジオを聞いていて特に重要な箇所を文字起こししました。ここからは人生哲学として、私たちにも学びとなる部分を抜粋していきます。

自分自身のなかでも慣れが生じてしまいますし、5年くらいとか7年くらいやっていると、この風景に慣れてしまうし、自分のいる場所にも慣れてくる。それが一番怖いなと思った。

この部分、言われてみれば当てはまるという方は多いのではないでしょうか?私も東京に引っ越してきて5年以上が経とうとしていますが、いま同じような毎日にほぼ流されてます。

何か変えたいなあ、とボンヤリ思うのですが、また同じ毎日が繰り返されています。白井さんのラジオ深夜便で、今回ハイライトになるのは、山本耀司さんが言われていたという以下の言葉だと思います。

未来に背を向けて後ろ向きに前進する

ふつう前に進むとき、未来に進むときは、前を向いているものだと思いますが、”未来に背を向けて後ろ向きに前進する“。かなり難しい言葉ですが、白井さんの説明では、

時間というものの積み重ねを見ながら、それでも新しいものを更に更に積み込んでいくために前進していく

これはとても気概のいることだと思いますが、それくらいの思いというか、熱量がないと難しいのかもしれません。しかし、言葉というのはその人がどのように捉えるか (その人の年輪が試されるようなものでもありますが)、その人にどのように響いたのか?という観点も重要だと思います。

白井さんの発した今回の言葉 = メッセージというのは、前に進みたいけど進めない人に対して何かしらのヒントとなり、その言葉は耳に胸に大きく響いたように感じました。